テイラーの歴史認識問題

ジョン・テイラー批判の続き。今日は、23日エントリで触れたDavid Glasnerの批判を取り上げてみる。批判の対象となったのは、テイラーが自ブログで紹介したIMFセミナーでの講演。
Glasnerはまず、1970年代の金融政策に関するテイラーの以下の認識に矛先を向ける。

When I first started doing monetary economics in the late 1960s and 1970s, monetary policy was highly discretionary and interventionist. It went from boom to bust and back again, repeatedly falling behind the curve, and then over-reacting. The Fed had lofty goals but no consistent strategy. If you measure macroeconomic performance as I do by both price stability and output stability, the results were terrible. Unemployment and inflation both rose.
(拙訳)
1960年代後半から1970年代に掛けて私が初めて金融経済学を研究するようになった時、金融政策は非常に裁量的で干渉主義的でした。好況と不況を繰り返し、政策が度々手遅れになるかと思えば、次には過剰反応する、という有様でした。FRBは高邁な目標を持っていましたが、一貫した戦略はありませんでした。私はマクロ経済のパフォーマンスを物価の安定性と産出の安定性の両方で測りますが、それで見た場合、結果はひどいものでした。失業率とインフレ率が共に上昇していました。

これに対するGlasnerの批判は以下の通り。

  • 「干渉主義」に彼は反対しているようだが、その言葉で彼が何を意味しているのか不明。
  • 「不況」の意味も明確ではない。1970年の景気後退はおそらく戦後の中で最も穏やかなものだった。1974-75年の景気後退は確かに深刻だったが、それは概ね、供給ショックと、政治的に課された賃金と物価統制によるものであった(1970年代のスタグフレーションに関するGlasnerのブログエントリ参照)。
  • FRBの高邁な目標が何であるのかも不明。実際には、1970年代にはFRBはインフレを自らの責務としていなかった。保守的な共和党の経済学者とされていたアーサー・バーンズは、ニクソンによってFRB議長に指名され、いわゆる「所得政策」を推進し、それによってニクソンの悪名高い賃金と物価統制を可能ならしめた。FRBの責務は総需要を高く保つことであり、当時幅広く支持された見解では、企業と労働者が貪欲になり過ぎてインフレを引き起こすのを防ぐのは政治家の責務とされていた*1


そしてGlasnerは、1980年代にルールベースの金融政策が導入されたことによって事態が大きく改善した、という以下のテイラーの認識を槍玉に挙げる

Then in the early 1980s policy changed. It became more focused, more systematic, more rules-based, and it stayed that way through the 1990s and into the start of this century. Using the same performance measures, the results were excellent. Inflation and unemployment both came down. We got the Great Moderation, or the NICE period (non-inflationary consistently expansionary) as Mervyn King put it.
(拙訳)
1980年代に入ると政策は変化しました。政策はよりピントが合ったもの、システマティックなもの、ルールベースのものとなり、1990年代および今世紀初めまでその状態が続きました。同じパフォーマンスの測度で見た場合、結果は素晴らしいものでした。インフレ率と失業率は共に下がりました。我々は大平穏期、あるいはマービン・キングがいうところのNICE期間(non-inflationary consistently expansionary)を手にしたのです。

これについてGlasnerは以下のように指摘している。

...the success of the Fed monetary policy under Volcker can properly be attributed to a) to the Fed’s taking ownership of inflation and b) to its decision to abandon the rules-based policy urged on it by Milton Friedman and his Monetarist acolytes like Alan Meltzer whom Taylor now cites approvingly for supporting rules-based policies. The only monetary policy rule that the Fed ever adopted under Volcker having been scrapped prior to the beginning of the recovery from the 1981-82 recession, the notion that the Great Moderation was ushered in by the Fed’s adoption of a “rules-based” policy is a total misrepresentation.
(拙訳)
・・・ボルカー率いるFRBの金融政策の成功は、次の点に帰するのが適切である。即ち、a)FRBがインフレに責任を持ったこと、および、b)ルールベースの政策を放棄するという決断、である。そのルールベースの政策は、ミルトン・フリードマンならびにアラン・メルツァーなど彼のマネタリストの門弟たちによって推奨されたのだが、今テイラーはメルツァーをルールベース政策の支持者として援用している。ボルカーの下でFRBが採用した唯一の金融政策ルールは、1981-82年の景気後退からの回復が始まる前に破棄された。従って、大平穏期がFRBの「ルールベース」政策採用によってもたらされたというのは完全な虚偽である。


またGlasnerは、テイラーの

Few complained about spillovers or beggar-thy-neighbor policies during the Great Moderation. The developed economies were effectively operating in what I call a nearly international cooperative equilibrium.
(拙訳)
大平穏期においては波及効果や近隣窮乏化政策について不平を鳴らしたものはほとんどいませんでした。先進国経済は、私がほぼ国際協調均衡と呼ぶ状態で効果的に運営されていました。

という記述に対し、財務省の国際問題担当次官を務めたテイラーはプラザ合意ルーブル合意のことを聞いたことがなかったのか、と皮肉っている。


そして、今回の一連の議論の焦点になっている2000年代前半の金融緩和についてテイラーが

But then there was a setback. The Fed decided to hold the interest rate very low during 2003-2005, thereby deviating from the rules-based policy that worked well during the Great Moderation. You do not need policy rules to see the change: With the inflation rate around 2%, the federal funds rate was only 1% in 2003, compared with 5.5% in 1997 when the inflation rate was also about 2%.
(拙訳)
しかしそれから後戻りがありました。FRBは2003-2005年に金利を極めて低水準に保つことを決定し、大平穏期に上手く機能したルールベースの政策から逸脱しました。政策ルールを持ち出さなくても変化を読み取ることができます。2003年にインフレ率は約2%でしたが、FF金利は1%に過ぎませんでした。1997年にもインフレ率は約2%でしたが、FF金利は5.5%だったのです。

と書いたのに対しては、1997年には景気拡大期は6年目を迎え、失業率は5%を下回ってさらに低下していたが、2003年には景気拡大は始まるか始まらないかであり、失業率は6%を超えていた、と指摘している。



[5/3修正]テイラーの引用部の拙訳をですます調に統一。

*1:この点について、Nick Roweが、まさにそうだった、とコメントしている。