学術誌は利口さに報い、政策は知恵を要求する

とアレックス・タバロックがquora.comに書いている(H/T Mostly Economics)。

In an economics journal the goal is to prove that the model works, given the assumptions. The realism of the assumptions doesn't matter much; the question is does the logic hold given the assumptions? For this reason, journal articles can be refereed. In a journal article, policy implications are usually reserved to one or two paragraphs at the end.

In contrast to developing models, policy requires wisdom. The question in policy is, From the 10 models available which are the most relevant? The assumptions in the model are now critical because to apply the model, the assumptions have to hold in the real world. Thus, it's also critical to know something about the world. In order to pick the right model and follow it's suggestions the policy markers need to ask, Do the assumptions of this model apply at this time in this place? In policy, economic history is of great use and history, psychology, politics and law are all of importance. It's hard to referee policy since so much depends not on whether the logic is correct but whether the judgment is sound.
(拙訳)
経済学術誌での目的は、前提を所与としてモデルが動くことを証明することにある。前提の現実性はさほど問題にならない。前提を所与として論理が成立しているか、ということが問題になる。そのことによって、学術誌の論文は審査される。学術誌の論文では、通常、政策的含意の話は末尾の一段落か二段落まで出てこない。
モデルの開発とは対照的に、政策では知恵が要求される。政策での問題は、利用可能な10のモデルのうち、どれが最も適切か、ということになる。モデルの前提は今や極めて重要になる。というのは、モデルを適用するためには、前提が現実世界で成立していなければならないからだ。従って、世界に関する知識を幾らか有していることも極めて重要となる。正しいモデルを選択して、そのモデルが示唆するところに従うためには、政策当局者は、このモデルの前提は今この時に当てはまるのか、と尋ねる必要がある。政策においては経済史は大いに役に立つ。また、歴史、心理学、政治、ならびに法律は皆重要である。政策を審査するのは難しい。というのは、論理が正しいかにではなく、判断が健全かどうかに多くが掛かっているからだ。

これは経済学のブロゴスフィアと学界の経済学との関係を論じた記事の一節で、タバロックはその中でブログと学術誌の違いを3点挙げている。

  1. ブログは速く、学術誌は遅い
  2. ブログは開放的で、学術誌は閉鎖的
  3. 学術誌は利口さに報い、政策は知恵を要求する

この3点目を解説したのが上で引用した文章ということになる。


バロックによれば、ブログは政策論議と政策策定が最初に行われる場になった、とのことである。2008年の危機後、多くの経済学者が、危機の原因や帰結や解決策について広範かつリアルタイムかつ頑健な議論を繰り広げ、それが政策策定に大きな影響を与えると共に、経済モデルの発展にも寄与したという。
例えばスコット・サムナーが名目GDP目標についてブログに書いてから3年後にFOMCでその考えが議論されるようになった。また、ゲイリー・ゴートンのシャドウ・バンキングに関する重要な仕事は、まずブログで展開された。ポール・クルーグマンは負債の転移の問題を、モデル化する前にまずブログで分析した。ティム・ガイトナーは危機の最中にブロガーと何回か会って意見交換をした*1ヤニス・バルファキスは欧州の金融危機について書いていたブロガーからギリシャ財務相に転身した。
こうした経済ブログの状況をタバロックは政治経済の復活と呼び、アダム・スミス、デビッド・ヒューム、ジョン・スチュアート・ミルフレデリックバスティアらは経済学術誌よりもブログでの議論の方をより良く理解するだろう――学術誌が技術的だからというだけでなく、彼らならばブログの作法を理解し、それが自分たちのやっていることに近いことに気付くという点で――と述べている。

*1:cf. ここ