GDP低下から公共支出削減への影響は?

7日エントリの最後で政府支出の伸びと実質成長率の関係における逆方向の因果関係について考察したデロングのエントリに触れたが、以下にその概要を紹介する。


デロングはまず、クルーグマンの散布図に回帰線を引いて、2.3という乗数を弾き出している*1

そしてその2.3という数字を開放経済の乗数と見做し、閉鎖経済の乗数として4という数字を導いている*2


また彼は、YとGの関係を以下の2本の式でモデル化している。
 ΔY = μΔG + ε
 ΔG = λΔY + η
ここで「Δ」は変化を表す演算子、YはGDP、μは財政乗数、Gは政府支出、εは政府支出以外のGDPに影響する項目、λはGDP低下が政府支出削減につながるという逆の因果関係、ηはGDP以外の政府支出に影響する項目、である。
ここでεとηは無相関とし、σをεとηの分散比と定義する。
 V(ε) = σV(η)
すると、ΔYをΔGに回帰した回帰係数は、真の財政乗数μと逆の因果関係の逆数(1/λ)との加重平均となる。
 s = ρ(μ) + (1-ρ)(1/λ)
ここでウェイトρは
 ρ = [1/(λ2σ + 1)]
である。
逆の因果関係のために見掛けの乗数が高くなっているというためには、λは小さくなくてはならない。即ち、GDP低下が政府支出に与える影響は比較的小さくなくてはならない。しかしその場合、加重平均のウェイトは真の乗数μに大部分が寄ることになる。見掛けの乗数(上で導出した閉鎖経済の数値は4)が高くて真の乗数が小さいと言うためには、分散比σが非常に大きくなる必要があるが、それは政府支出がほぼGDPの関数になる必要がある。しかしそれは現実的ではない、従って逆の因果関係を考えるのは数学的に馬鹿げている、というのがデロングの立論である。

数値例でそのことを示すため、デロングはスプレッドシートで各種の数字で計算した結果も示している。

これについてロバート・ワルドマンがコメント欄で、とは言えやはり乗数が高すぎるので、εとηは無相関とした仮定に問題があるのではないか、GとY双方に影響する共通のショックがあるのではないか、とコメントしている。


ちなみにデロングの上記の結果を真面目に導出すると以下のようになる。
ΔYをΔGに回帰した回帰係数は、 Cov(ΔY,ΔG)/Var(ΔG) である(Covは共分散、Varは分散を表すものとする)。
ここで
 ΔY = μΔG + ε
 ΔG = λΔY + η
より
 Cov(ΔY,ΔG) = μVar(ΔG) + Cov(ΔG,ε)
 Var(ΔG)   = λ2Var(ΔY) + 2λCov(ΔY,η) + Var(η)
だが
 Var(ΔY)   = μ2Var(ΔG) + 2μCov(ΔG,ε) + Var(ε)
なので、
 Var(ΔG)   = λ2μ2Var(ΔG) + 2λ2μCov(ΔG,ε) + λ2Var(ε) + 2λCov(ΔY,η) + Var(η)
となり、結局
 Var(ΔG)   = {1/(1-λ2μ2)}{2λ2μCov(ΔG,ε) + λ2Var(ε) + 2λCov(ΔY,η) + Var(η)}
となる。ここで
 Cov(ΔG,ε) = Cov(λΔY,ε) + Cov(η,ε) = λμCov(ΔG,ε) + λVar(ε)
なので(注:前提により Cov(η,ε)=0 )
 Cov(ΔG,ε) = {λ/(1-λμ)}Var(ε)
となり、同様に
 Cov(ΔY,η) = {μ/(1-λμ)}Var(η)
となる。
よって
 Var(ΔG)   = {1/(1-λ2μ2)}
           ×[2λ3μ/(1-λμ)}Var(ε) + λ2Var(ε) + {2λμ/(1-λμ)}Var(η) + Var(η)]
          = {1/(1-λ2μ2)}
           ×[(λ23μ)/(1-λμ)}Var(ε) + {(1+λμ)/(1-λμ)}Var(η)]
          = {λ2/(1-λμ)2}Var(ε) + {1/(1-λμ)2}Var(η)
 Cov(ΔY,ΔG) = {λ2μ/(1-λμ)2}Var(ε) + {μ/(1-λμ)2}Var(η) + {λ/(1-λμ)}Var(ε)
          = {λ/(1-λμ)2}Var(ε) + {μ/(1-λμ)2}Var(η)
ゆえに回帰係数は
 Cov(ΔY,ΔG)/Var(ΔG) = {λVar(ε)+μVar(η)} / {λ2Var(ε)+Var(η)}
                = {λσ+μ} / {λ2σ+1}
                = ρ(μ) + (1-ρ)(1/λ)
ただし
 σ = Var(ε)/Var(η)
 ρ = [1/(λ2σ + 1)]

*1:散布図は伸び率同士の関係を表しているので、図の傾き=(ΔY/Y)/(ΔG/G)となる。
よって乗数μ=(ΔY/ΔG)=図の傾き×(Y/G)となる。デロングは図の傾きを0.78と記しているので、GDPと政府支出の比率を2.95程度に見積もっていると思われる。

*2:2.3の逆数は0.435、4の逆数は0.25なので、前者が1-c+m、後者が1-cと考えると(cf. ここ)、デロングは限界輸入性向を18.5%程度と見積もっていることになる。