産業政策の復権?

チリの大統領候補にもなったアンドレ・ベラスコ(Andrés Velasco)*1が、産業政策の再検討(Industrial Policy Reconsidered)と題したProject Syndicate記事を書いている(H/T Mostly Economics)。


以下はその概要。

  • 米州開発銀行(IADB)が出版予定の下記のレポートでは、「生産的開発政策(productive development policies=PDPs)」という名の下に、中南米諸国に産業政策を呼び掛けている。この呼び掛けは一世代前ならば異端視されただろうが、今は常識に属する話となっている。

Rethinking Productive Development: Sound Policies and Institutions for Economic Transformation (Development in the Americas (Paperback))

Rethinking Productive Development: Sound Policies and Institutions for Economic Transformation (Development in the Americas (Paperback))

  • 中南米諸国は成長の鈍化に苦しんでいる。通常の処方箋は、教育の改善、労働市場の近代化、規制緩和、海外からの投資や技術移転の促進、といったことになるが、IADBはそれにPDPsを加えた。
  • PDPsには水平的政策と垂直的政策がある:
    • 水平的政策は様々な部門の広範な企業の需要に応えるもの
      • 輸送インフラ整備、技術者教育、労働者への英語教育、健康・安全管理、品質保証制度、知的財産保護など。
    • 垂直的政策とは特定の部門の需要に応えるもの
      • 公共政策で提供されるものの中には、恩恵を受ける部門ないし製品が限られるものもある。遠方の景勝地への道路の整備は、旅行業には役立っても輸出入業者の港へのアクセスには役立たないし、牛の口蹄疫を検査する研究所は、果物や野菜の検査には役立たない。
  • 水平的政策は概ね受容されるが、垂直的政策は「勝者を選択しようとしている(picking winners)」という批判の的となる。しかし上述の例から分かるように、両政策の区分には曖昧さが付き纏う。即ち、政府がある種の技術者を育成したり、ある道路を建設したり、ある研究所を設立したりする時には、ある部門を他の部門より優遇しているのであり、事実上勝者を選択しようとしているのである。IADBは、そうした政策を、透明性と適切なチェックアンドバランスの下で、意識的に行うのが良い、としている。
  • 垂直的政策は協調の失敗の解決にも役立つ。民間業者は道路が無いところにホテルを建てようとはしないだろうし、政府はホテルやロッジが無ければ遠方の景勝地への道路の整備を行おうとはしないだろう。
  • 中南米諸国は1960〜70年代に既に産業政策を実施したが、良く言って月並みな結果に終わった、という点を懐疑論者は問題にする。IADBレポートはこの点についてバランスの取れた評価を行っている:
    • 輸入代替や補助金は当初は工業化の推進に成功を収めたが、国の規模の小ささが成功の持続を妨げた(数百万の人口しかない国では国内市場だけを相手にした自動車産業を持つことは叶わない)。また、政府が結果の良し悪しに関係なく支援したことも災いした。
    • アジアでは、当初国から支援を受けた多くの企業が世界規模の競争力を持つようになったが、中南米では、市場の小ささと政策の規律の欠如と持続的な為替レートの過大評価により、そうしたことはあまり起きなかった。
  • こうした問題はもちろん是正されねばならない。しかしIADBによれば、現在の中南米諸国の政策当局者やアナリストは、羹に懲りて膾を吹くあまり、産業政策を一切締め出してしまった。問題は積極的なPDPsを行うか否かではなく、如何に実施するかなのだ、とIADBは言う。
  • かつての産業政策と異なり、現代のPDPsは市場のインセンティブを排除するのではなく、市場の失敗の是正を目的としている。同時に、特定権益に絡めとられるという政府の失敗にも気を配っている。そのため、海外の成功例を真似するという通常のやり方ではなく、自分たちの身の丈に最も適した政策の実施を推奨している。
  • 商品市況ブームが去った今、成長を持続するために、中南米諸国は新たな考え方と政策改革を必要としている。失敗の可能性の無い政策は存在しないが、IADBの推奨する政策は現時点で最良のものだろう。