スティグリッツの産業政策推奨論

スティグリッツが下記の本を出版し、同名のProject Syndicateコラムを書いている(H/T Economist's View経由のMark ThomaのMoneywatchコラム;同コラムではこのテーマを取り上げた世銀ブログにもリンクしている)。

Creating a Learning Society: A New Approach to Growth, Development, and Social Progress (Kenneth J. Arrow Lecture)

Creating a Learning Society: A New Approach to Growth, Development, and Social Progress (Kenneth J. Arrow Lecture)

以下はその一節。

The Nobel laureate economist Robert Solow noted some 60 years ago that rising incomes should largely be attributed not to capital accumulation, but to technological progress – to learning how to do things better. While some of the productivity increase reflects the impact of dramatic discoveries, much of it has been due to small, incremental changes. And, if that is the case, it makes sense to focus attention on how societies learn, and what can be done to promote learning – including learning how to learn.
...
Industrial policies – in which governments intervene in the allocation of resources among sectors or favor some technologies over others – can help “infant economies” learn. Learning may be more marked in some sectors (such as industrial manufacturing) than in others, and the benefits of that learning, including the institutional development required for success, may spill over to other economic activities.

Such policies, when adopted, have been frequent targets of criticism. Government, it is often said, should not be engaged in picking winners. The market is far better in making such judgments.
(拙訳)
ノーベル賞受賞経済学者のロバート・ソローは、およそ60年前に、所得の上昇は資本の蓄積ではなく技術進歩――物事をより上手く実施する方法の学習――に多くを負っている、と述べた。生産性の向上は、幾分かは劇的な発見を反映したものだが、多くは小さな漸進的な変化によるものだという。それが本当ならば、社会がいかにして学習するか、および、学習――学習方法自体の学習を含む――を促進するには何ができるか、について関心を向けるのは理に適っている。
・・・
政府が部門間の資源の配分に介入したり、ある技術を他の技術より優先したりする産業政策は、「幼稚経済」の学習を助けることができる。ある部門(例えば工業的な製造業)での学習が他の部門より目覚ましく、その学習の恩恵が、成功に必要な制度の発展という形も含め、他の経済活動に波及することがある。
そうした政策の採用は、度々批判に曝されてきた。政府は勝者を選ぶことに従事すべきではない、市場の方がその判断において遥かに優れている、ということがしばしば言われてきた。

そうした批判について、スティグリッツは以下のように反論している。

  • 自由市場主義者が言うほど証拠は確実ではない
    • 世界金融危機の前に米国の民間部門は資源配分とリスク管理を大きく間違えた。
    • 政府の研究プロジェクトの平均リターンは民間よりも高い。
      • 政府は基礎研究に重点を置いていることが大きな理由。インターネットやDNAの発見の基となった研究の恩恵を想起せよ。
  • 産業政策の要点は勝者を選ぶことではなく、正の外部性の源――そこでの学習が経済の他の場所に恩恵をもたらすような部門――の特定にある。

スティグリッツは、学習の重要性を説いた研究として、ソローのほかアローの研究も引いている。その上で、産業の成長に必要なことを学習するためにはそもそも産業が存在しなくてはならず、そのためには、為替レートを競争力の高い水準に維持したり、特定産業の特権的な資金調達を支えたり、といった東アジアの成功した発展政策で見られた施策が必要になるだろう、と述べている。産業保護を正当化する説得力ある幼稚経済論は数多ある、とスティグリッツは言う。

逆に、学習を妨げる可能性のあるものとしてスティグリッツが槍玉に挙げたのは、以下の政策である。

  • 金融市場の自由化
    • 資源割り当てとリスク管理という発展にとって重要なスキルを学習する能力を阻害する恐れがある。
  • 知的所有権
    • 学習という観点からすると、正しく設計しないと両刃の剣となる。
    • 研究投資へのインセンティブを拡大するという面では良いが、企業が秘密主義に走って共有知識から引き出せるだけ引き出す一方で自社の貢献を最小限に抑えるようになり、イノベーションのペースを却って鈍らせる恐れもある。
  • ワシントン・コンセンサスと呼ばれる新自由主義的な政策
    • 今日の資源配分の効率性を促すあまり学習を妨げており、長期的な生活水準を引き下げる。


最後にスティグリッツは以下のように述べ、「宿敵」サマーズの長期停滞論にも軽く触れている。

Virtually every government policy, intentionally or not, for better or for worse, has direct and indirect effects on learning. Developing countries where policymakers are cognizant of these effects are more likely to close the knowledge gap that separates them from the more developed countries. Developed countries, meanwhile, have an opportunity to narrow the gap between average and best practices, and to avoid the danger of secular stagnation.
(拙訳)
事実上すべての政府の政策は、意図するにせよしないにせよ、良きにつけ悪しきにつけ、直接的もしくは間接的な影響を学習に対して及ぼす。政策担当者がそうした影響を認識している発展途上国は、自国とより発展した国との差をもたらしている知識のギャップを埋める可能性が高まる。一方、先進国には、平均的な慣行と優れた慣行のギャップを縮め、長期停滞を回避するチャンスがある。