公共投資の付加価値がゼロになる時

飯田=藤井論争を見て、飯田氏の主張をSNAの会計で表すとどうなるのかを少し考えてみた。

●所得の第2次分配勘定による表現

飯田氏の主張の一つの表現方法は、以下のような「第1次所得の配分勘定」*1が存在する時、

支出 分配
公共投資 100 雇用者報酬 100

公共投資の価値が実はゼロならば、これは以下のような「所得の第2次分配勘定」に帰着する、ということになるかと思われる。

支払 受取
社会給付(政府) 100 社会給付(家計) 100

●即時償却による表現

ここで、公共投資の価値がゼロということを、支出したその場で償却してしまうような投資である、と捉えるならば、最初の第1次所得の配分勘定において、分配側に公共投資と同額の固定資本減耗を立てることと等価である、と考えられる。

支出 分配
公共投資 100 雇用者報酬 100
固定資本減耗 100

しかしこれでは支出と分配が等しくならず、三面等価の原則が成立しない。三面等価を成立させるためには、雇用者報酬は実は100%補助金である、として、

支出 分配
公共投資 100 雇用者報酬 100
(控除)補助金 100
固定資本減耗 100

と表現することになる。

●両者の違い

前者の「所得の第2次分配勘定」に帰着させる表現方法では、「第1次所得の配分勘定」には何も立たなくなり、GDPはゼロとなったが、後者の「即時償却」による表現方法では、GDPに取りあえずは公共投資分の値(上例では100)が立つことになる。ただ、後者の場合でも、GDPから固定資本減耗を除いたNDPはゼロになる*2。つまり、後者の表現方法で飯田氏の主張を敷衍するならば、固定資本減耗に今期の公共投資の無駄分もきちんと織り込み、GDPではなくNDPで付加価値を評価せよ、ということになるかと思われる。

ちなみにNDPについてサミュエルソン教科書で以下のようなことを書いている*3

Recall that GDP includes gross investment, which is net investment plus depreciation. A little thought suggests that including depreciation is rather like including wheat as well as bread. A better measure would include only net investment in total output. By subtracting depreciation from GDP we obtain net domestic product (NDP). If NDP is a sounder measure of a nation’s output than GDP, why do national accountants focus on GDP? They do so because depreciation is somewhat difficult to estimate, whereas gross investment can be estimated fairly accurately.

藤井氏の飯田氏への批判には、ただでさえ評価が困難な償却に、無駄になった投資を逐一差し引くという精密化を求めることの非現実性への反発が含まれているようにも思われる(それはかつての山形浩生氏の小野善康氏への苛立ちに通じるものもあるのかもしれない)。

*1:cf. たとえばここ

*2:ただし、NDPに補助金を割り戻して市場価格表示から要素費用表示に変換したDIには再び公共投資分の値が立つ。

*3:ちなみに以前小生は飯田氏のブログエントリのコメント欄でこの話を持ち出したことがある。