労働から消費への税のシフトは効率的だが逆進的?

という論文をEconomic Logicianが紹介している。論文の原題は「Shifting Taxes from Labor to Consumption: Efficient, but Regressive?」で、著者はIZA(Forschungsinstitut zur Zukunft der Arbeit/Institute for the Study of Labor)のNico PestelとEric Sommer。
以下はその要旨。

Shifting taxes from labor income to consumption is regularly suggested as a measure to induce work incentives. We investigate the effect of increases in the Value Added Tax on labor supply and the income distribution in Germany, which is compensated by a revenue-neutral reduction in income-related taxes. Based on a dual data base and a microsimulation model of labor supply behavior, we confirm a general regressive impact of such a tax shift in the short run. When accounting for labor supply adjustments, the adverse distributional impact persists for personal income tax reductions, while the overall effects on inequality and progressivity become substantially lower when payroll taxes are reduced, which is due to increased work incentives, especially for low-income households.
(拙訳)
税を労働所得から消費に移行することは、労働意欲を刺激する手段として常に提唱されている。我々は、歳入中立的な所得税の減税を伴う付加価値税増税が労働供給と所得分布に与える影響をドイツについて調べた。2つのデータベースと労働供給行動のミクロシミュレーションモデルに基づき、そうした税の移行が、短期では全体的に逆進的な影響をもたらすことを我々は確認した。労働供給の調整を考慮すると、個人所得税が減税された場合は、分布への悪影響は持続した。一方、給与税が減税された場合は、格差と累進性への全般的な影響は著しく弱まった。これは、特に低所得家計での労働インセンティブの増大のためである。


なお、Economic Logicianはこの論文を、消費税は短期的には逆進的だが、長期では労働供給の増加でその効果が打ち消される、として労働から消費への税の移行を肯定的に紹介しているが、これは実は論文のトーンとは正反対である*1。というのは、論文の結論部では以下のようなことが書かれているからである。

  • 労働供給の増加は雇用全体の1%以下に留まり、限界的な労働者が労働市場に参入することを促すための政策ツールとしての効果は限定的。
  • 個人所得税から付加価値税への移行によって、低所得者層の所得損失が3%に達する半面、高所得者層は悪影響を受けず、所得分布面での累進性が全般に減少し、格差は拡大する。低所得者層は直接税負担が元々少なく、その減税の効果は少ない。
  • 労働供給の効果を取り入れても全般的な構図はほぼ変化しない。というのは、労働供給の増加は、内延的(=既に働いている人が労働を強化する;cf.このエントリの脚注)なものに留まるからである。
  • 所得分布面から言えば、雇用税ないし社会保険負担の減少の方が個人所得税減税より良い。というのは、社会保険負担はそもそも逆進的であり、別の逆進的な税と置き換えても影響が変わらないからである。また、その負担減少は低所得者層に及ぶ、というのももう一つの理由。なお、付加価値税率引き下げの所得再配分の効果は微々たるものであった。
  • 今回の手法はあくまでも静学的なものなので、中長期について結論を適用することはできない。例えば雇用へのプラスの影響という効果も、組合が賃金引上げを主張したら消えてしまうかもしれない。

*1:以前もこの人の誤読を指摘したことがあったが、原文に当たらずこのブログの論文紹介を鵜呑みにするのは危険かもしれない。