forecastとpredictの違い

についてクリス・ディローが考察している

You might object here that if economics doesn't make forecasts, it can't test its hypotheses against the evidence. This is wrong. We must distinguish between forecasting and predicting. A prediction is a conditional statement, a hypothesis, whereas a forecast is an unconditional one. "If you cut prices, then ceteris paribus, demand will rise" is a prediction. "Demand will rise" is a forecast. And predictions can be tested against actually-existing past facts - for example the hypothesis, "value stocks are riskier than others and so should offer higher long-run average returns" can (only) be judged against existing evidence.

From this perspective, the fact that so many tried and failed to predict the crash doesn't discredit economics, but actually vindicates at least three of its predictions:

- Complex emergent processes are almost impossible to forecast.

- It's impossible for most people to forecast asset prices correctly, because if they see a crash coming they'll sell up in advance and so prices would never rise so much as to crash later.

- People respond to incentives. If you give people incentives to do daft things - and economic forecasters are well-paid - then daft things is what they'll do.


(拙訳*1
経済学が予想を立てるものではないと言うならば、証拠に照らして仮説を検証することができないではないか、と抗議する人もいるかもしれない。その抗議は間違いだ。我々は予想と予測を区別しなくてはならない。予測は条件命題、仮説であるのに対し、予想は無条件命題だ。「価格を引き下げた場合、他の条件が同じならば、需要は増加する」というのは予測だ。「需要は増加する」は予想だ。そして予測は、実際に発生した過去の事実に照らして検証することができる。例えば「バリュー株はそれ以外の株よりもリスクが高いので、長期的な平均リターンは高くなる」という仮説は、既存の証拠に照らした場合に(のみ)判定できる。
この観点からすると、多くの人々が暴落を予測しようとして失敗したことは、経済学の信頼性を傷つけるものではなく、実際のところ経済学による予測のうち3つを立証したことになる:

  • 複雑な創発過程は予想がほぼ不可能である
  • ほとんどの人にとって資産価格を正しく予想するのは不可能である。というのは、もし彼らが暴落を予見したならば、予め手持ち株を売り払うので、そもそも後で暴落するほど価格が高くはならないからである。
  • 人はインセンティブに反応する。人に馬鹿げたことをするインセンティブを与えたならば――そして経済の予想を立てる人々の給料は良い――彼らは馬鹿げたことをするだろう。


このディローの考察に対し、コメント欄では以下のような反論が見られた。

  • 過去データをSVARなどのモデルで延長するという予想は――過去に無い出来事の発生という、本当に予測したいことが欠落するにしても――それなりの需要があるのではないか。
  • 科学的予測が条件付きということは周知のことだが、経済学は「他の条件が同じならば」という部分に多くを放り込み過ぎているのではないか。物理学はその部分を上手く制御しているが、経済学はそれができていないのではないか。
  • 予想が無条件で、予測が条件付きという区別は、明確でもなく、有用でもないのではないか。例えばクレジット派生市場などの新たな金融市場の拡大がシステミックリスクを減らすとして規制緩和に走ったグリーンスパンらは、予想を立てていたのか、それとも何らかの条件に基づいて予測をしていたのか? どちらかと言うと、彼らは予想、それも間違った予想を立てていたように思われる。彼らが自分たちの主張の前提条件を明確にしたことは無かったのではないか? 経済学者が予想/予測を誤った、と人々が非難しているのはまさにその点であり、要は政策変更が経済学者の予期したものと正反対の結果を生み出したのだ。それを予想の失敗と呼ぼうが予測の失敗と呼ぼうが違いはなく、まして条件付きか否かという件を持ち出すのは話を逸らすだけではないか。

*1:ここでは取りあえずforecastに予想、predictに予測という訳語を当てた。