ノーベル賞受賞研究におけるファーマとシラーの対立点

は存在しない、前者は短期における市場の効率性の成立、後者は長期におけるその不成立ということで話を棲み分けているのだから、という趣旨の議論を両者がノーベル賞を受賞した後に複数の箇所で目にしたが(例:ここここ)、これはある意味ファーマを非常に馬鹿にした議論のように思われる。というのは、リターンの裏には必ずリスクがある、そこから外れたいわゆるアノマリーは一時的な現象に過ぎない、というのがファーマの長年の主張であり、そうしたアノマリー行動経済学の観点から説明しようとした研究者と数々の論争を繰り広げてきたからである*1


もし「棲み分け」論者の説が正しければ、ファーマのノーベル賞受賞理由は60年代の効率的市場仮説の確立に限定されることになり、70年代以降の資産価格理論への貢献は対象外ということになる。だが、そうした解釈は受賞理由の以下の記述に反している。

Why do these extra factors help explain stock prices, contrary to the standard, one-factor CAPM? Again, some explanations are based on rational investor behavior, while others explore behavioral models. Thanks to the intensive research in this area by Fama and others, the cross-section properties of asset prices are much better understood today than three decades ago.
(拙訳)
なぜこの追加ファクター[訳注:3ファクターモデルにおける規模ファクターと簿価時価比率(B/P)ファクター]が、標準的な1ファクターのCAPMに比べて株価を良く説明できるのであろうか? 先ほどの話と同様に、説明の中には合理的な投資家の行動に基づいているものもあれば、行動モデルからの観点に基づくものもある。この分野におけるファーマや他の人々の精力的な研究のお蔭で、今日では資産価格のクロスセクションの特性について30年前よりかなり理解が進んだ。

ちなみに、ファーマの行動経済学へのスタンスは、例えばここで触れたジョン・キャシディのインタビューで次のように語られている。

Do you and Dick Thaler discuss this stuff when you are playing golf?


Sure. We don’t want to discuss his golf game, that’s for sure.


Has the advance of all this behavioral stuff, behavioral finance, made you rethink anything?


Yes, sure. I’ve always said they are very good at describing how individual behavior departs from rationality. That branch of it has been incredibly useful. It’s the leap from there to what it implies about market pricing where the claims are not so well-documented in terms of empirical evidence. That line of research has survived the market test. More people are getting into it.


But you are skeptical about the claims about how irrationality affects market prices?


It’s a leap. I’m not saying you couldn’t do it, but I’m an empiricist. It’s got to be shown.


(拙訳)
行動経済学者の]ディック・セイラーとゴルフをされる時に、こういったこと[=資産価格の動きの特性]について議論されますか?


もちろん。彼のゴルフプレーについて議論したいとはまず思わないしね。


行動経済学や行動ファイナンスの発展によって考え直したことはありましたか?


ああ、もちろん。個人の行動がいかに合理性から離れるかという点についての彼らの説明は非常に優れている、と私はかねがね指摘してきた。行動経済学のその分野はとても有用だ。彼らの主張が実証的証拠によってきちんと裏付けられていないのは、それが市場の価格付けにどういう意味を持つかという話に飛躍するところだ。その分野についての研究は市場の試練を経ており、多くの人々が参入している。


しかし、非合理性が市場価格に影響するという主張については、あなたは懐疑的なのですよね?


飛躍が問題だ。そうした主張ができない、と言っているわけではない。ただ、私は実証研究家だ。証拠を見せてもらわないとね。


また、Dimensional Fund Advisors社のQ&Aサイトでは以下のように語っている

To what extent do the limits of arbitrage (Schleifer and Vishny, 1997) discredit the idea of market efficiency?
EFF: The people in behavioral finance treat the Shleifer and Vishny (1997) paper as if it is empirical evidence. In fact, it is theory built on a set of assumptions - in the end, a clever set of claims. It can't discredit market efficiency until it is supported by rigorous empirical work. We are still waiting.


(拙訳)

Q
裁定の限界に関するシュライファーとヴィシュニーの1997年の研究*2は市場効率性の概念の信頼性をどの程度打ち崩しましたか?
ファーマ
行動ファイナンスの人々は、シュライファーとヴィシュニーの1997年の論文を実証的証拠であるかのように扱っているね。それは実際には、幾つかの前提の上に建てられた理論だ。つまるところ、賢く組み立てられた一連の主張だ。厳密な実証研究によって支持されるまでは、それが市場効率性の信頼性を傷つけることはできないね。我々はまだその実証研究を待っている状況だ。


なお、ここで言及されたシュライファーとヴィシュニーは、上述の1997年論文の前の1994年に、ラコニショクを加えた3人で行動経済学の観点から規模効果(SMB)とB/P効果(HML)を説明した論文を書いている*3。その論文は、今回のノーベル賞受賞理由――ただし上記の一般向け版ではなく、ジョン・コクランご推奨専門家向け版――で、以下のように言及されている。

In their original work, Fama and French developed a rational, multi-factor interpretation of their results, arguing that HML and SMB are capturing fundamental risk factors for which investors demand compensation. In support of this argument, Fama and French (1995) showed that high book-to-market predicts lower earnings, and argued that the excess return to HML therefore should be interpreted as compensation for distress risk.
In contrast, other researchers interpreted the significance of HML and SMB as capturing the effects of market mispricing and investor irrationality along the lines of Shiller (1984). Lakonishok, Shleifer and Vishny (1994) argued that excess return to high book-to-market stocks, or “value stocks,” is due to the fact that they are underpriced by investors, while low book-to-market stocks are overpriced “glamor” stocks that subsequently underperform the market.
(拙訳)
ファーマとフレンチは原論文*4で、自らの結果について、合理性およびマルチファクターに基づく解釈を展開し、HMLとSMBが投資家が見返りを要求する基本的なリスクファクターを捉えている、と主張した。その主張を裏付けるため、1995年の論文*5では、簿価時価比率が高いと収益が低いことが予測されることを示し、従ってHMLの超過リターンは低収益リスクへの見返りと解釈すべき、と論じた。
対照的に、別の研究者は、HMLとSMBの有意性を、シラーの1984年の研究*6の線に沿って、市場のミスプライシングと投資家の非合理性の効果を捉えたものとして解釈した。ラコニショク、シュライファー、ヴィシュニーの1994年の研究では、簿価時価比率の高い株式、即ち「バリュー株」の超過リターンは、投資家によって株価が過小に評価されたことにより生じる、と論じた。一方、簿価時価比率の低い株式は株価が過大に評価された「成長」株であり、その後のリターンは市場平均を下回る、と論じた。

ノーベル賞受賞理由論文では、この後に続けて、SMB効果とHML効果についてはその後の研究でリスク要因による説明が優勢になった、と記述している。
ただ、さらにその後の記述では、Jegadeesh and Titman (1993)*7が見い出したモメンタム効果はファーマ=フレンチの3ファクターモデルにとって深刻な挑戦になった、と述べ、ファーマの「Of all the potential embarrassments to market efficiency, momentum is the primary one(市場効率性を脅かす可能性のあるもののうち、モメンタムが第一の脅威だ)」という言葉を昨年のフィナンシャルアナリストジャーナルのLittermanのインタビューから引用している。


ただし、ディメンジョナル社のサイトでは、ジェームズ・デイビス(James L. Davis)がその問題について以下のように書いている

The inability of the Fama/French three-factor model to explain stock price momentum is a problem for the model's proponents. However, the problem may not be all that serious. Consider the following facts:

1.Pure momentum strategies involve very high turnover. Consequently, transaction costs and taxes can significantly erode momentum profits.
2.Most of the return to the "winner-minus-loser" momentum portfolio is due to the poor performance of the losers. So, in order to capture the bulk of the momentum effect, short positions are necessary. This is not feasible for some investors.
3.The momentum effect is stronger among small cap stocks, which tend to be less liquid. Trying to implement a high-turnover strategy with small cap stocks is unrealistic.
These facts suggest that momentum strategies probably do not represent a real opportunity for investors to earn abnormal returns, at least not to the extent implied by recent studies.
(拙訳)
ファーマ=フレンチの3ファクターモデルが株価のモメンタム効果を説明できないことは、モデルの主唱者にとっては問題だ。しかし、その問題はそれほど深刻ではないかもしれない。次の点を考えてみよう:

  1. 純粋なモメンタム戦略は非常に高い売買回転率を伴う。従って、取引コストと税がモメンタムによる利益を大きく侵食する可能性がある。
  2. 「勝者買い、敗者売り」のモメンタムポートフォリオのリターンは、敗者のパフォーマンスの悪さによるところが大きい。従って、モメンタム効果の大部分を捉えるためには、ショートポジションを取ることが必要となる。投資家によっては、それは不可能である。
  3. モメンタム効果は小型株で強いが、そうした株は流動性が低い。小型株について高売買回転率戦略を採用するのは非現実的である。

以上の事実は、おそらくモメンタム戦略は投資家がアブノーマルリターンを獲得する実際の機会を表わしてはいない、ということを示唆している。少なくとも、近年の研究が示すほどには獲得できまい。


ちなみにデイビスのこの小論では、ティットマンの別の論文(ただし共著者はジェガディーシュではなくダニエル)による挑戦を、デイビス自身とファーマ=フレンチとの共著論文によって退けた経緯を以下のように記述している。

Daniel and Titman (1997) doubt the risk-based explanation. They contend that it is "characteristics, not covariances," that produce return dispersion. For example, the risk-based story says that high BtM stocks have high average returns because they are sensitive to common variation in stock returns. In other words, the high returns are due to a high sensitivity to HML. In contrast, Daniel and Titman argue that high BtM stocks have high returns due to some other reason (possibly overreaction), so that the high returns have nothing to do with systematic risk. In their opinion, it is the characteristic (high BtM) rather than the covariance (high sensitivity to HML) that is associated with high returns.

The cross-sectional correlation between BtM and HML sensitivity is quite high, so it is difficult to see which of these variables has more explanatory power for returns. Nevertheless, Daniel and Titman provide results suggesting that the characteristics-based story is more plausible for the 1973-1993 period. However, Davis, Fama and French (2000) show that the Daniel and Titman results are confined to their relatively short sample period. When the longer 1929-1997 period is examined, covariances show more explanatory power than characteristics. It is not clear why the shorter period produces different results, but the longer period should produce more reliable results, and these results favor the risk-based story.
(拙訳)
ダニエルとティットマンの1997年の研究*8では、リスクに基づく解釈に疑問を呈した。彼らは「共分散ではなく特性」がリターンの違いをもたらしていると主張した。例えば、リスクに基づく解釈では、簿価時価比率の高い株は、株式リターンの共通変動に敏感なために平均リターンが高い、と述べている。言い換えれば、高リターンはHML感応度が高いことによってもたらされる。それに対しダニエルとティットマンは、簿価時価比率の高い株の高リターンは何か別の理由(おそらくは過剰反応)によってもたらされており、従ってそうした高リターンはシステマティックリスクとは何ら関係ない、と論じた。彼らの考えでは、共分散(HML感応度の高さ)ではなく特性(簿価時価比率の高さ)こそが高いリターンと結び付いているのである。

簿価時価比率と対HMLファクター感応度のクロスセクション相関は極めて高いので、どちらの変数がリターンに対しより強い説明力を持っているのかを見極めるのは難しい。にも関わらず、ダニエルとティットマンは、特性に基づく解釈が1973-1993年の期間においてより説明的である、ということを示す結果を提供した。一方、デイビス=ファーマ=フレンチの2000年の研究*9では、ダニエルとティットマンが得た結果は、彼らの比較的短いサンプル期間に限定されたものである、ということを示した。1929-1997年というより長い期間について調べてみると、共分散の方が特性よりも説明力が高い。なぜ短い期間では異なる結果が出るかは不明だが、長期の方がより信頼性の高い結果を出すはずであり、そちらの結果はリスクに基づく解釈に有利なものとなっている。

即ち、ダニエル=ティットマンの結果は1973-1993年という長期において成立したように見えたが、1929-1997年という本当の長期においては成立していない、という反論をファーマ側は行っている。こうした長期分析における“輝かしい勝利”の歴史もあるのに、ファーマは短期における市場効率性の研究でしか研究成果を上げていない、と言わんばかりの言い方をされては、彼も立つ瀬が無かろう。

*1:受賞理由で株価の予測可能性を前面に押し出して記述していることが誤解を招いているような気もするが、「Predictability...」と題された株価の予測可能性についての節では「There are, however, reasons why prices may follow somewhat predictable patterns even in a well-functioning market. A key factor is risk. Risky assets are less attractive to investors, so on average, a risky asset will need to deliver a higher return. A higher return for the risky asset means that its price can be predicted to rise faster than for safe assets.」という記述もあり、ファーマの立場から見た株価の予測可能性の話もしっかり書かれている。

*2:これ。本ブログでは以前ここで言及したことがある。

*3:これ

*4:これ

*5:これ

*6:これ

*7:これ

*8:これ

*9:WP