割引率に関する米環境保護庁の問いへの回答

2011年9月にNPO団体Resources for the Futureで開催されたワークショップにおいて、将来世代の割引率として如何なる値を用いるべきか、という質問を、参加した12人のパネリストに米環境保護庁が投げ掛けた。その回答内容が、ワークショップの議長を務めたMaureen L. Cropperを含む13人の共著論文としてまとめられている(H/T Economic Logic)。


論文の原題は「How Should Benefits and Costs Be Discounted in an Intergenerational Context?」で、著者はKenneth J. Arrow, Maureen L. Cropper, Christian Gollier, Ben Groom, Geoffrey M. Heal, Richard G. Newell, William D. Nordhaus, Robert S. Pindyck, William A. Pizer, Paul R. Portney, Thomas Sterner, Richard S. J. Tol and Martin L. Weitzman。即ち、ケネス・アロー、ウィリアム・ノードハウス、マーチン・ワイツマンといった錚々たるメンバーが名前を連ねているが、スターン報告のニコラス・スターンは入っていないね、とEconomic Logicianはコメントしている。


以下はその導入部の概要。

  • まず、ラムゼイの割引率の公式ρt = δ + η·gtについては、世代間の割引の問題を調べる際の概念枠組みとして有用、という点で皆が合意。
    • ここで:
      • δ:効用割引率
      • gt:現時点からt時点に掛けての消費の成長率
      • η:消費の限界効用の弾力性(マイナス値)
  • 問題は費用便益に使える実用的な推計ができるかどうか、できるとすればどのようにできるか、という点。これについては2つのアプローチがある*1
    • 規範的(prescriptive)アプローチ:δやηを政策選択を表わすパラメータと見做す
    • 記述的(prescriptive)アプローチ:δやηを市場のリターンから推計する
  • 規範的アプローチを好むものは、ラムゼイ式のパラメータを倫理的原則に基づいて決めるか、政策決定に基づいて決める(例えば英国で行われているようにηを所得税の累進構造から推計する)べき、と論じる。
  • 記述的アプローチを好むものは、η(もしくはρそのもの)を金融市場の決定から推計するべき、と論じる。ただ、例えば30年国債金利といえども、世代間ではなく世代内の選好を反映している可能性が高い。
    • 様々な市場の不完全性により、消費の割引率が無リスク金利に等しくならないことは分かっているが、その不完全性の問題がそれほど深刻でないと判断されれば、実務的に投資リターンを使用するのが良い、という議論はあり得る。
  • ラムゼイ式のパラメータをどのように実証的に求めるかについての合意は取れなかったが、消費成長率の不確実性が割引率に与える影響については基本的に合意が取れた。
    • その不確実性を取り込むために、標準的なラムゼイ式に第3の「予備」項を控除項目として追加する、という拡張法は周知のものとなっている。
      • もし成長への衝撃が独立かつ同一の分布に従っているならば、その拡張は消費の割引率にはあまり影響しない。
      • しかし、成長への衝撃に正の時系列相関があるならば、予備項は長期において絶対値ベースでそれなりの値になり、逓減的な割引率につながる。
  • また、ラムゼイ式は、経済への破局的なリスクを減じる政策を評価する形にも拡張できる。その場合、破局の可能性はやはり割引率に大きな影響を及ぼし得る。
  • 第二の問題として、逓減的な割引率を使うかどうかについては、2つの流れがある*2
    • 一つは、前述の拡張ラムゼイ則。
    • もう一つは、期待純現在価値(Expected Net Present Value (ENPV))アプローチ。ワイツマンが示したように、将来の割引率に不確実性があるならば、逓減的な割引率の使用が正当化される。不確実だが一定の割引率でENPVを計算することは、確実だが逓減的な「確実性等価(certainty-equivalent)」割引率を用いるのと同等だからである。
  • 不確実な割引率における確率分布は、あくまでも経済状態の不確実性を表わすものであり、専門家の間の選好の相違を反映させてはならないことに注意。
  • 経済状態の不確実性を反映した不確実な割引率の推計方法には、以下の2通りがある:
    • 拡張ラムゼイ式に基づき、δとηを選択した上で、gt生成過程を数値的もしくは解析的にモデル化する。
    • 市場金利の誘導型モデルを推計する。
      • 従来の実証研究は主にこちらの手法を用いてきた。
  • 第三の問題として、世代内と世代間の割引率の整合性が挙げられたが、この問題への解答は簡単。一定の割引率を使うにせよ逓減的割引率を使うにせよ、世代内と世代間で統一的な割引率を使うべき。

*1:結論部では、この2つのアプローチを巡る論争がスターンレビューへの批判にも反映された、と記述されている。

*2:現在の政策現場では、英仏では逓減的な割引率を用い、米国の行政管理予算局(OMB)は一定の割引率を用いているとの由。