オークン則は健在なり

というvoxeu記事をローレンス・ボールとIMFの研究者(Daniel Leigh、Prakash Loungani)が書いている(原題は「Jobs and growth are still linked (that is, Okun’s Law still holds) 」)。元ネタのNBER論文*1は「オークン則:50歳にして健康?(Okun’s Law: Fit at 50?)」と題されており、fitの2つの意味(健康と適合)を掛けた形になっている。また著者の3人はEconbrowserの1/9エントリにも寄稿しているほか、IMFセミナーでのプレゼン資料がこちらで読める。


voxeu記事で著者たちは、まず以下の図を提示する。

これは、大不況における各国の山から谷までの生産変化と失業率変化との関係をプロットしたものだが、ほぼ無相関という結果になっており、これだけを見るとオークン則はもはや成立していないように見える。


しかし、その見方は早計である、と著者たちは言う。というのは、そうした見方では以下の2つの要因を見落としているから、とのことである。

  • 国によって景気後退期の長さは異なる
  • 国によってオークン則の係数は異なる


そして、その2つの要因を調整すれば、以下の図の通りオークン則は成立する、と主張する。

ここでΣΔUとΣΔYはそれぞれ山から谷までの失業率と実質GDP対数値の累積変化であり、Tは景気後退期の長さ(四半期単位)、αiとβiは各国のオークン係数である。


この図によれば、スペインの失業率の大幅な上昇も、オークン則の係数が他国に比べて特に高いことと景気後退期の長さでほぼ完全に説明できる、と著者たちは言う。ドイツの失業率はオークン則から予測されるよりも低いが、その乖離幅は国ごとの失業率変化のばらつきに比べれば大したものではなく、おそらくワークシェアリングが影響しているのではないか、と著者たちは推測する。


その上で、失業率はもはや景気後退では説明できないので構造改革が必要だ、という議論*2を論破し、需要刺激策の有効性を示すという点で、この結果は政策的に大きな意味を持つ、と述べている。


では、なぜオークン則の係数は国ごとに違うのだろうか? 著者たちはその要因を突き止めようとしたが、そちらの試みは不首尾に終わっている。

この図の左側パネルは平均失業率とオークン則係数の散布図であるが、両者の間には確かに関係がある。しかし、右側パネルに見られるように、OECDの良く知られた雇用保護指標*3では、その係数を説明できない。理論上は雇用保護度が高いほど生産の失業への影響は減少し、係数も小さくなるはずであるが、上図で示される符号は逆であり、統計的にも有意でない。雇用保護指標の各種の構成指標との関係についても分析してみたが、いずれも有意な結果は得られなかった、との由。


ちなみにこの図に見られるように、スペインの係数は-0.85と絶対値ベースで飛びぬけて高いが、一時雇用契約の比率が高いためではないか、と著者たちは推測する。対照的に日本の係数は-0.16と低いが、これは終身雇用の影響だろう、と著者たちは言う。また、スイスの係数も-0.24と低いが、これは外国人労働者が調整弁となっているためではないか、と著者たちは推測する。ただ、オーストリアの係数が-0.14と調査対象の20ヶ国中最も小さい点については、説明が思いつかない、と匙を投げている。

*1:ungated版はLounganiのブログエントリからリンクが張られている。

*2:例として昨年9月19日のvoxeu記事こちらマッキンゼー報告を挙げている。

*3:cf. こちらのブログで紹介されている日経記事や、H.24労働経済白書のp.312、および、H.21経済財政白書の第3章-第1節-2