住宅ローン減免は投資家の損にならない?

という簡単な試算をリチャード・グリーンが示している


具体的には、以下の条件の住宅ローンを例に取って考察している。

5年後にはその時点での残存価値を全部回収してしまう、と仮定すれば、このローンに対する投資家側の内部収益率は、4.83%になるという。


これを

  • 20年、利率4%

という条件に変更したらどうなるか?
月々の支払額は前と同じとすると、返済スピードは速くなる。そのため、債務不履行確率は低下するだろう。ただ、同時に、投資家にとっての利回りも低くなる。仮に毎月の債務不履行確率が0.1%になったとすると、投資家の内部収益率は3.45%になる。


しかし、収益をリスクで割ったシャープ比(現状に鑑みてリスクフリーレートはゼロと考える)で両者を比較すると、また違った様相が見えてくる。


最初の30年ローンの場合のリスクは0.1、20年ローンに切り換えた後のリスクは0.07なので、シャープ比はそれぞれ0.048/.1と0.0345/0.07になる。これは共に0.5程度で概ね等しいので、この借り手側のリファイナンスによって投資家は損をしない、というのがグリーンの試算である。



このグリーンの計算は正しいのだろうか?


最初の内部収益率の計算については、お望みならばスプレッドシートを提供する、とグリーンは書いているが、取りあえず小生がExcel上で以下のような計算をしてみたところ、概ね彼の結果を再現することができた。

A B C D
1 =(1.06^30-1)/1.06^30/0.06 =B1*0.8
2 1 =B1*1.06-1 1 =((1-0.002*12*A2)*C2+0.002*12*B2*0.8*0.5)/(1+A$7)^A2
3 2 =B2*1.06-1 1 =((1-0.002*12*A3)*C3+0.002*12*B3*0.8*0.5)/(1+A$7)^A3
4 3 =B3*1.06-1 1 =((1-0.002*12*A4)*C4+0.002*12*B4*0.8*0.5)/(1+A$7)^A4
5 4 =B4*1.06-1 1 =((1-0.002*12*A5)*C5+0.002*12*B5*0.8*0.5)/(1+A$7)^A5
6 5 =B5*1.06-1 =B6*0.8 =((1-0.002*12*A6)*C6+0.002*12*B6*0.8*0.5)/(1+A$7)^A6
7 0.0483052 =SUM(D2:D6)

B1セルの値は、毎年の返済額を1とした場合のローンの初期時点の現在価値である。
  \sum_{k=1}^{n}\frac{1}{(1+r)^k}=\frac{1}{(1+r)}\frac{1-\frac{1}{(1+r)^n}}{1-\frac{1}{(1+r)}}=\frac{(1+r)^n-1}{r(1+r)^n}
ここではD1セルの値とD7セルの値が等しくなるようにA7セルを変化させている。その結果が上表の0.0483052であり、彼が弾いた数字と同じと言える。


また、この各セル入力式中の30を20、1.06を1.04、0.06を0.04、0.002を0.001に置き換えれば、借り換え後の条件について同様の計算ができる。その場合のA7セルの値は0.0349135となり、0.04%ほどグリーンの値と食い違うが、それほど大きな差では無い。


しかし、グリーンのリスクの計算は少し不思議である。彼は、2項分布なのでリターンの分散は
  p*期待損失*(1-p*期待損失)
になるとし、借り換え前の分散は0.0099で借り換え後の分散は0.004975だとしている。平方根を取って標準偏差にすると、それぞれおよそ0.1、0.07になる、というわけである。
この結果を得るために彼は
  0.002*5*(1-0.002*5)=0.0099
  0.001*5*(1-0.001*5)=0.004975
という計算を行ったと思われるが、この期待損失の5という数字(50%でも0.5でもない)がどこから出てきたのか、というのが第一の疑問である。


また、そもそも上の2項分布の分散の式は正しいのか、というのが第二の疑問である。
デフォルト時の損失をaとおくと、期待損失はapとなる。従って分散は
  (1-p)*(0-ap)^2 + p*(a-ap)^2 = p(1-p)(a^2)
となるように思われる。
これに上記の数値を当てはめると、
  借り換え前の分散 = 0.002*(1-0.002)*(0.5^2) =  0.000499
  借り換え前の分散 = 0.001*(1-0.001)*(0.5^2) =  0.00024975
となり、それに12を乗じて年率に換算した上で平方根を取ると、それぞれ0.077382168、0.054744863となる。従ってシャープ比はそれぞれ0.624174806、0.63750274である。即ち、この分散の式を適用した場合でも両ケースでシャープ比は大差ないという結論には変わりは無いが、値は変わってくる。