債務の対GDP比率は無意味?

ロバート・シラーが表題の趣旨のProject Syndicateコラムを書きMostly EconomicsEconomist's ViewFTブログ(クライブ・クルック[Clive Crook])が取り上げている。


以下はその前半部の拙訳。

経済学者は、それを突破したら問題が起きる閾値について話すのを好む。通常、彼らの言うことにも一理ある。しかし、大衆はしばしばその言葉に過剰反応する。
現在ヨーロッパや米国のニュースに頻繁に登場している債務のGDP比率を例に考えてみよう。その言葉がニュースに登場する際には、時々、ギリシャの債務が年間GDPの153%に等しいという話、およびギリシャ債務不履行に陥っているという話も同時に持ち出される。そうした話を、最近のギリシャの街中での暴動のテレビ映像と結び付けて見よう。人々はどんな印象を受けるだろうか?
債務が年間GDPの100%に近づき、しかも上昇を続けているここ米国では、それは自分たちの未来として受け止められているようだ。しかし、そうした印象においては、想像が少し先行し過ぎているのかもしれない。人々は、債務がGDPの100%を超えたらその国は債務不履行に陥る、と考えているのではなかろうか?
それはまったくのナンセンスだ。結局のところ、(通貨を単位として測定される)債務と(時間単位当たりの通貨単位として測定される)GDPとの比率の単位は、単なる時間である。その単位に年を使うべき特別な理由は何も無い。一年というのは地球が太陽を回るのに掛かる時間であり、農業のような季節性産業を除けば、経済的な意味は乏しい。
我々はこのことを高校の科学の授業で学んだはずである。即ち、測定の単位には注意を払え、ということだ。単位を間違えれば、すべてが無意味になる。
経済学者に四半期のGDPを年率換算するために4倍するという習慣が無ければ、ギリシャの債務のGDP比率は4倍の大きさになっていたはずである。そして、もし彼らがGDPを十年単位に換算するという習慣を持っていて、4倍する代わりに40倍するのを常にしていたならば、ギリシャの債務負担は15%になってたことになる。ギリシャの支払い能力という観点からすれば、そちらの単位の方が適切だったろう。というのは、ギリシャは別に1年で債務を返済しなくてはならない、というわけではないからだ(危機によって現在の債務の借り換えが不可能になれば話は別だが)。


この後シラーは、ラインハート・ロゴフが唱導する90%の閾値を恣意的なものとして批判すると同時に、逆の因果関係の問題もある*1、と指摘している。そして最後には以下のように結んでいる。

The lesson is simple: We should worry less about debt ratios and thresholds, and more about our inability to see these indicators for the artificial – and often irrelevant – constructs that they are.
(拙訳)
教訓は単純なものだ。我々は債務比率や閾値のことを気にし過ぎるのをやめ、そうした指標が人為的である――しかもしばしば無関係でもある――ことを自分たちが見抜けないことをもっと気にすべきなのだ。


こうしたシラーの見解に対する最も説得力のある反論は、小生が見た限り、Econbrowserのこのエントリのrootlessという人のコメントであった。

Yes, it is meaningful. It is an approximate measure for how long it would take to pay off the debt for a given GDP, if the interest rate was Zero. And the result doesn't depend on whether one chooses quarterly, annualized or decadalized GDP for the ratio. Too bad that Shiller doesn't mentioned this in his article. Instead he claims the results depends on the choice of the time period for the GDP. It only appears like this, since he himself uses the wrong unit. He uses % as unit for the debt to GDP ratio, which is the wrong unit. A time unit would be the right unit. For instance, for quarterly GDP the unit is $/(0.25 years), or for decadalized GDP $/(10 years) (if one uses years as time unit). If one uses the right unit for the GDP one gets the right unit for the debt to GDP ratio, and the debt to GDP ratio doesn't depend on the choice of the time period anymore.

Note to myself: Always use the correct unit for the debt to GDP ratio.
(拙訳)
いいや、それ(=時間単位としての債務比率)には意味がある。それは、利率がゼロの場合、所与のGDPで債務を返済するのにどれだけ時間が掛かるかの近似的指標になっている。そしてその結果は、比率の計算に四半期、年間、十年間のいずれのGDPを使おうが変わらない。シラーが記事でそう言わなかったのは非常に残念だ。逆に彼は、GDPの測定期間で結果が変わると主張した。そのように見えるのは、単に彼が間違った単位を使ったために過ぎない。彼は債務のGDP比率として%を使ったが、それは間違った単位なのだ。時間単位が正しい単位となる。例えば、四半期GDPの単位は0.25年当たりのドルであり、10年GDPの単位は10年当たりのドルである(もし年を時間単位に取るならば、であるが)。もしGDPに正しい単位を使えば、債務のGDP比率についても正しい単位が得られ、債務のGDP比率は測定期間の選択にもはや依存しなくなる。

自分用のメモ:債務のGDP比率にはいつも正しい単位を使おう。

*1:cf. これ