技術進歩で格差は縮小するか?

ケネス・ロゴフが、技術進歩で熟練労働者と非熟練労働者の格差が拡大するという通説に異を唱え、そうした技術進歩によっていずれは熟練労働者の技術もコモディティ化し、むしろ格差の縮小をもたらす、という見解をProject Syndicateで示しているEconomist's View経由)。


その中で、得意のチェスに関して面白いエピソードを紹介している。
18世紀末から19世紀初頭に掛けて、チェスをプレーする「ザ・ターク(トルコ人)」なる自動機械が各国の首都を巡業して回り、ナポレオンやベンジャミン・フランクリンといった著名人を打ち負かしたという。多くの錚々たる人々がその謎を解き明かそうとしたが、実はもっともらしい装置の一画には人間のプレイヤーが隠れている、というからくりに気付くまで10年掛かったとのこと。
一方、今日では、騙しの仕掛けはあべこべになっている。過去10年間にデスクトップのチェスのプログラムは人間の最優秀のプレイヤーを遥かに凌駕するようになっており、それによる不正行為が日に日に問題になっている。最近フランスのチェス連盟は、秘かにコンピュータの助けを借りようとした咎で3人のトッププレイヤーを資格停止処分にした(しかも、そうした不正を見抜く有力な方法の一つが、コンピュータを利用した指し手のパターン解析であるとの由)。


このように、かつては人間しかできないと思われていたことをどんどんコンピュータがこなすようになっている、というのがロゴフの指摘である。


またロゴフは、彼とハーバードの同僚のKenneth Frootが700年に亘る各種財の相対価格を調査した際に見い出したことを報告している。それによると、多くの基本財において、長い期間が経過すると相対価格が平均に回帰する傾向が見られたという。そこから彼らが導き出した結論は、短期的には発見やら気象条件やら技術やらが相対価格を大きく動かすかもしれないが、その結果生じる価格の開きは、価格の上昇した財に対して技術革新をもたらそうとするインセンティブを与える、というものであった。
もちろん人々と財は違うが、同じ原理が働くのではないか、というのがロゴフの考えである。即ち、熟練労働者が非熟練労働者に対してあまりにも高価になったならば、企業にはそれを置き換えようとするインセンティブが生まれる、と彼は言う。


こうしたロゴフの見方に対しEconomist's ViewのMark Thomaは、仮にロゴフの見解が正しくともそれは今後格差が解消されるという話であって今現在は誰の助けにもならないし、もし間違っていたらどうなるのか、とコメントしている。そして、市場が自己解決するのを待つのではなく――今まで何十年もそれを待ってきて却って状況は悪化したのだから――、気が進まない話ではあるが、政府の介入による格差是正を考えるべき、という以前の自分の論説の主張を繰り返している。