ハリネズミと狐と経済予測

経済学者が危機を予測できなかったことについての昨日紹介したラジャンの見方に対して、FTブログでGavyn Davies*1が別の切り口から考察していた


Daviesは、ラジャンの指摘する経済学者の現実からの遊離は確かに問題だが、それが答えのすべてではない、と前置きして、Philip Tetlockの著書「Expert Political Judgment」にその答えを求めている。その本では、専門家の予測の精度が低いのは別に経済に限った話では無く、政治においても同様だということが、多量の実例の研究を基に示されているとの由*2


Tetlockはまた、その本で、アイザイア・バーリンの著書「ハリネズミと狐」における「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを1つだけ知っている」という言葉を基に、専門家を2種類に分類しているという。ここでハリネズミは、非常に強固な(しばしばイデオロギー的でもある)意見を持ち、その意見を変えることは滅多に無いタイプを指す。一方の狐は、もっと柔軟な形で意見を表明し、状況が変われば意見を変えることも辞さないタイプを指す。


Daviesは、現在のインフレに対する見解を例にとって、Tetlockの言うハリネズミと狐の意見を以下のように類型化してみせている。
ハリネズミ

貨幣供給の増加は常にインフレを招く。従って、FRB量的緩和政策は必然的に最終的な破局につながる。問題はいつそれが起きるかだけである。

●狐

FRBの政策は準備預金を増やしてはいるが、M2のようなもっと広義の貨幣集計量の増加としては現われてはいない。いずれにせよ、経済に生産力の余剰が存在しているということは、金融緩和政策はインフレ率の増加ではなく生産量の増加につながりやすい、ということを意味している――少なくとも現時点においては。


信用危機のような大きな破壊的な出来事を予測するという点では、ハリネズミの方に分がある。彼らは、たまに発生する大事件を言い当てるために、長いこと間違え続けることも苦にしないからだ。
しかし、これは予測の最適な方法とは言えまい。Tetlockは、狐の予測成績がハリネズミのそれを平均的には上回っていることを示した。とは言え、その差はそれほど有意なものでは無く、いずれのグループも破壊的な出来事を予測することはあまり上手くできなかった。それは専門家たちが無能なためではなく、そもそもそうした予測が非常に困難であるためである、とDaviesは指摘する。


さらにDaviesは、コラムを書いた2月10日当日のイングランド銀行の政策決定を巡る専門家の意見を例に取って、興味深い指摘を行っている。ブルームバーグの集計によると、意見を取材した62人全員が政策金利の変更は無い、と予測したとのことである。だが、それぞれの専門家は、利上げの可能性は――最もありそうなケースでは無いにしても――少なからずあると考えていたはずだ、とDaviesは言う。仮に各専門家がその可能性を30%と見積もっていたとしたら、全体としての利上げの主観的確率は30%だったことになる。それにも関わらず、意見を集約した結果は利上げの可能性無し、となってしまう*3。経済危機の予測もそれと同じ状況だったのではないか、即ち、2008年に危機が起こると予測していた経済学者はほとんどいなかったにしても、実は各経済学者はそれほど遠くない将来に危機が起こる可能性はゼロでは無いと考えていたのではないか、とDaviesは指摘する。
そうしたスタンスが予測を行うに当たっての合理的な方法だとしたら、経済学者がなぜ危機を予測できなかったのか、というエリザベス女王に対する回答は、彼らが合理的だったから、という陳腐なものになるだろう、とDaviesは結論付けている。

*1:リンク先のWikipediaに記述されているように、ゴールドマンサックスのチーフエコノミストからBBC会長に抜擢され、その後イラク戦争に関する誤報事件の責任を取って辞任する、という変わった経歴を持っている。

*2:日本語の記事では例えばここここで引用されている。なお、後述のハリねずみと狐の喩えについては、ここで引用されている。ちなみにTetlockは、子宮頸癌予防ワクチンの副作用と疑われる筋萎縮症で愛娘を亡くした悲劇の父親という顔も持つ

*3:23日に公表された議事録によると、実際の金融政策委員会では8人中3人が利上げを主張したとの