GDPと経常利益とフリーキャッシュフロー

kmoriさんの以下のつぶやきを見て

以前WCIブログに書いたコメントを思い出した。そのコメント欄では誰にも拾って貰えなかったが、そう間違ったことは書いていないと本人は未だに信じているので、記録のため以下に再録しておく。


そのコメントはNick Roweのコメントを受けたものだが、そこでRoweは別のコメンターに対し、以下のような例を提示している。

suppose the economy consists of one tree, that produces 100 apples per year. The interest rate is 10%, so the tree is wroth 1,000 apples (it lives forever). Suppose in year 3 you come up with an invention that doubles the tree's output. Annual GDP is 100, 100, 200, 200, etc. But in year 3 the tree is suddenly worth 2,000 apples, a capital gain of 1,000 apples. The invention is worth 1,000 apples, in present value terms. How should we define "income" in year 3? 200 apples? or 1,200 apples?
(拙訳)
経済が年間100個のリンゴを産する一本の木から成り立っているものとしよう。金利を10%とすると、その木の価値は1000リンゴになる(木の寿命は永遠だとする)。3年目に貴兄が木の産出量を倍増させる発明を行ったものとする。すると、年間GDPは100, 100, 200, 200, …のように推移する。しかし3年目には木の価値は突然2000リンゴに跳ね上がり、1000リンゴのキャピタル・ゲインが生じることになる。従って発明は現在価値にして1000リンゴの価値があることになる。その場合、3年目の「所得」はどう定義すべきか? 200リンゴ? それとも1200リンゴ?

これは所得とGDPの関係に関する議論の中で出された例示である。特に焦点になっていたのは、GDPを所得の集計値と考えた場合、キャピタル・ゲインを含むべきか否か、という点であった。


これについて小生は、GDPは経常利益*1の集計と考えられるが、価値の集計にこだわるのであればフリーキャッシュフロー(FCF)を考えるべきではないか、とコメントした。

具体的に上記の例にその考え方を当てはめると以下のようになる。

経常利益 1年目 2年目 3年目 4年目
木の所有者 100 100 200 200
発明家 0 0 1000 0
100 100 1200 200
FCF 1年目 2年目 3年目 4年目
木の所有者 100 100 -800 200
発明家 0 0 1000 0
100 100 200 200

ここでは3年目に木の所有者が発明家から発明を時価で購入し、設備投資として計上したものとした。経常利益では設備投資は直接的にカウントされないが、フリーキャッシュフローでは控除項目となるので、3年目において木の所有者の両指標値に差が生じている。
一方の発明家は、自分の発明によって生じせしめた木の現在価値の差を、その年に、いわばキャピタル・ゲインの形で一気に手にしている。


上の2つの表を比較してみると、価値の集計という点では、フリーキャッシュフローの方が優れていることが分かる。これは、設備投資=発明の価値のダブルカウントを防いでいるためである。株価の理論値の算出に際し、損益計算書上の利益ではなく、フリーキャッシュフローが使われる所以である*2


ただ、経済活動の集計という点ではどうだろうか? まずは、実際にその1年間に生み出された価値を見てみたいと思うのではないだろうか? その点では、上の例では3年目には確かに経済に影響を与える大発明が行われている半面、木の所有者は別に損失を出したわけではない。従って、経常利益の集計の方がむしろ実感に合うような気もする。


そうしてみると、その年に行われた設備投資を(売上原価と同様に)一気にその年に償却してしまうのではなく、その設備投資が付加価値の生成に寄与する然るべき年数で案分した減価償却費という形で利益から差し引くという現行の経常利益の計算方法、およびGDPをその集計値として考えることは、特に不自然ではないようにも思われる*3


ただし、そうした観点から見た場合に上記の仮想例が少し分かりにくいのは、設備投資の効果が永続すると仮定しているため、3年目以降に発生する減価償却費は事実上ゼロとなっている点である。その一方で発明家はキャピタルゲインを一気に手にしているため、3年目の経常利益の集計値が突出する形となっている。もし発明家が、将来の利益を折半するという形で自分の発明の対価を手にするならば、経常利益とフリーキャッシュフローは以下のように木の所有者においても発明家においても一致し、集計値にも特に異常値は生じない。

経常利益/FCF 1年目 2年目 3年目 4年目
木の所有者 100 100 100 100
発明家 0 0 100 100
100 100 200 200

*1:正確には元のコメントでは営業キャッシュフローと書いたが、金融費用も減価償却も税金も運転資本も捨象した世界では両者は一致するので、ここでは分かりやすさを優先して経常利益と表記しておく。

*2:ただし正確に言うと、理論株価の算出で(設備投資を控除した)フリーキャッシュフローを用いることによって防いでいるのは、こうした主体間の集計の際のダブルカウントではなく、同一主体のフロー流列におけるダブルカウントである。

*3:正確には減価償却費を差し引いたベースの集計はNDP(国内純生産)やNNP(国民純生産)で、GDP減価償却費を含む形になる。