Eggertsson=Krugman論文への反応・補足

一昨日にEggertsson=Krugman論文へのStephen WilliamsonとNick Roweの反応を紹介したが、そのうちのWilliamsonの指摘に「政府が優先的に債権を回収できない限り、リカードの中立性は成り立つ」というものがあった。そこで、「政府は納税を拒否した人を刑務所にぶちこむ権力を有している、というのが政府の優先権に関する十分な説明になるのではないか」、とコメント欄で指摘したところ、以下のような反応をもらった。

  1. The US government appears to be good at collecting taxes and enforcing payment. The Italian government, for example, is not good at it. In southern Italy, the mafia is much better on collecting on its debts than is the government.
  2. One has legal recourse for collecting on private debts as well.

(拙訳)

  1. 米国政府は、徴税ならびに納税の強制に関して優れた手腕を有しているように見える。しかし、例えばイタリア政府はそれほど優れていない。イタリア南部では、債務の回収についてマフィアの方が政府よりはるかに優れている。
  2. 民間債務の回収についても、法的手段に訴えることが可能である。

通常のリカードの中立性は、政府が財政赤字で支出を行っても、民間部門が将来の増税を予想してその効果を相殺する、というものであり、政府が徴税権をきちんと行使できることが前提となる。この点についてEggertsson=Krugman論文では、債務制約下に置かれた主体は将来の予想収入ではなく現在の限界収入を基に支出するので、リカードの中立性が保持されない、とした。
それに対しRoweは、政府支出→将来の増税予想→将来の可処分所得低下→債務制約の制約が一層厳しくなる、という経路でリカードの中立性が保持される可能性を提起した。これも政府が徴税権をきちんと行使できることを前提にした議論である。
一方、ここでWilliamsonが論じているリカードの中立性は、むしろ徴税権がきちんと行使できない可能性を考慮すると政府の借り入れに民間と同様の制約が掛かってしまい、民間の借り入れ制約ショックを補うに至らない、というものである。これは通常は信用リスクとして取り扱われるもののように思われるが、それをWilliamsonがEggertsson=Krugman論文の枠組みに当てはめてリカードの中立性として論じた点は興味深い。


なお、Williamsonに立場が近く、やはり常日頃からクルーグマンに批判的なDavid Andolfattoも、Eggertsson=Krugman論文をブログで取り上げた。さて今回はどんな罵詈罵倒が飛び出すのかと思って読んでみたところ、意外に温和な内容で拍子抜けした、というのが個人的には正直なところである*1

そのエントリでAndolfattoがEggertsson=Krugman論文に対して異論を唱えたのは、ミンスキー・モーメントという債務制約がきつくなるなるよう特別な事態ならば、同時に貸し手が債務を一部棒引きにするのではないか、という点である。いわば、(ひと頃日本でも議論された)徳政令が自然発生的に適用されるのではないか、というのがAndolfattoの見方である。
これに対し、クルーグマンの擁護者をもって任ずるAdam Pは、

  • そのような債務制約がきつくなる事態とは、長期の資産を担保にした短期の借り入れにおいて、長期の資産の時価が低落した状況と考えられる。
  • 債権者が複数存在し、その債権者間で債権の優劣が存在しない場合、部分的な債務不履行は不可能となる。その場合、債務不履行は資産を手放すことを意味し、借り入れが二度とできなくなる。
  • そのような大きなコストに鑑みて、債務者は泥水を啜ってでも債務不履行を避け、借り入れを継続するのではないか。

という見解を示し、Eggertsson=Krugman論文のモデルを支持している。このAdam Pの見解については、同エントリのコメント欄でRoweが支持を表明しているほか、Joeというコメンターも、Mendoza(AER forthcoming)Mendoza and Quadrini(JME 2010)論文と整合的、として支持している*2

*1:ちなみにRoweのエントリでもAndolfattoはどう反応するのだろうか?、というコメントをした人が複数現われ、それに対しブログ主のStephen Gordonが、そんなことはここに書く必要は無い、実際にAndolfattoがエントリを起こしたらそこにコメントすれば良いではないか、と窘めたということがあった。なお、Gordonがそういう反応をしたのは、Greg Ransomという別のコメンターが同エントリでクルーグマンをdisるコメントを繰り返し、それにGordonが苛立ったためのとばっちり、という面もある(直前のコメントでGordonは、Ransomに対し、クルーグマンをdisりたいなら余所でやれ、と警告している)。

*2:Joeは、Mendoza論文はEggertsson=Krugman論文よりもはるかに優れている、と評している。なお、JoeはWilliamsonエントリでも同様のコメントを残している。