政府債務が将来世代の負担になる理由

昨日に続き12/30エントリで紹介した論争の余燼ネタ。


そのエントリの後半ではNick Roweクルーグマン批判を紹介したが、そこでRoweが提示した世代重複モデルを小生なりに翻案すると次のようになる*1

前提:
  • 一世代は2期間生き、各期間で2世代が重複して存在する。
  • 成長はなく、生産はYで一定。
  • 債務が存在しなければ、各期間に存在する2つの世代はYを折半して消費する(投資[民間、政府いずれも]は存在しないものとする)。
  • 金利iは一定。
時系列推移:
  • t=0
    • 世代AがY/2消費する
  • ※ ここ(t=0期末ないしt=1期初)で債券bが発行される。
    • 債券は世代Aが購入するが、その調達額はそのまま世代Aに所得移転されるので、世代Aの所得の差し引きはゼロ。世代Aの手元には債券が残される。
  • t=1
    • 世代Aが Y/2 + b*(1+i) 消費する
    • 世代Bが Y/2 - b*(1+i) 消費する
      • 世代Aには債券という資産があるので、リカードの中立性を仮定しない限り、その分(金利収入を含む)を通常の消費分Y/2に加えて消費する。しかし、生産はYで変わらないので、世代Bの消費はその分の割を食う。その過程で、債券が時価=b*(1+i)で世代Aから世代Bに売却される。世代Bは、この期で失った分の消費を来期で取り戻せると考え、購入に応じる。
  • t=2
    • 世代Bが Y/2 + b*(1+i)2 消費する
    • 世代Cが Y/2 - b*(1+i)2 消費する
      • 世代Bには債券という資産があるので、リカードの中立性を仮定しない限り、その分(金利収入を含む)を通常の消費分Y/2に加えて消費する。しかし、生産はYで変わらないので、世代Cの消費はその分の割を食う。その過程で、債券が時価=b*(1+i)2で世代Bから世代Cに売却される。
  • ※ ここ(t=2期末ないしt=3期初)で債券が償還される。
    • これ以上債務が継続できないと判断した政府が、完済を決意する。
    • 償還資金は世代Cへの課税で賄われる。償還資金が支払われる債券保有者も世代Cなので、世代Cの所得の差し引きはゼロ。世代Cの手元からは債券が消える。
  • t=3
    • 世代Cが Y/2 消費する
    • 世代Dが Y/2 消費する
  • t=4以降
    • t=3と同様に、各世代が各期にY/2消費する。
各世代の誕生時点における一生を通じた消費額の現在価値
  • 世代A : Y/2/(1+i) + Y/2/(1+i)2 + b/(1+i)
  • 世代B : Y/2/(1+i) + Y/2/(1+i)2
  • 世代C : Y/2/(1+i) + Y/2/(1+i)2 - b*(1+i)
  • 世代D以降:世代Bに同じ

最後の消費額現在価値を見ると、世代Aは恰も時間旅行をして世代Cから消費を一定額奪ったかのような形になっている、というのがRoweの指摘である*2。これが債務の将来世代への負担の意味である、と彼は言う。


なお、期間別に見た場合は、クルーグマンの言う通り、話は各期での生産Yの配分問題に過ぎないように見える。それにも関わらず、世代間格差が生じてしまう、というのがこの話のミソである。



ちなみにこの翻案は、Roweの別のエントリでの以下のコメント(IS恒等式をベースにした解釈を試みたコメンターRamへの応答コメント)をきっかけに作成したものである:

Ram: because in my first post in this series, I=S=NX=G=0 by assumption in all periods. Y was constant. And I still got a burden on future generations.

Y=C+I+G+NX (or, I-S+G-T+NX=0) is a useful identity for some purposes. But it isn't very useful for intergenerational accounting. Because it provides a cross-generational snapshot at a point in time, and not a picture that allows us to compare across generations over time. Andy Harless is better at explaining this.
(拙訳)
Ram、僕のこのテーマに関する一連のエントリの最初のポストでは、全期間でI=S=NX=G=0を仮定したから、貴君の議論はうまく適用できないんだ。Yは常に一定だ。そうした枠組みでも、将来世代への負担が発生するのだ。
Y=C+I+G+NX(ないし、I-S+G-T+NX=0)は、ある種の目的には有用な恒等式だ。しかし、世代会計についてはそれほど有用ではない。というのは、それは、ある一時点での複数世代を一緒くたにしたスナップショットを提供するものであって、世代の時系列推移同士を比較できるものではないからなんだ。Andy Harlessならばこのことを僕より上手に説明できる。

Worthwhile Canadian Initiative: Steve Landsburg goes "meta" on me

*1:概ね同内容をRoweのエントリのコメント欄にも投稿したところ、 "So, in one sense, it's distribution problem of Y within each period, as Krugman states. Nonetheless, intergeneration inequality ensues, as Nick emphasizes."という記述に対し「Yep. Good way of stating it.」という反応をRoweから貰った。

*2:なお、ここでは世代Cがその負担を一身に背負った格好になっているが、もちろん負担を複数世代に分散することも可能であろう。また、Yがどんどん増えていけば(=ドーマー条件成立時)、そうした格差も相対的に矮小化されていくので、さほど問題にならなくなる。