ロバート・ホールのインタビュー〜労働市場・補足

昨日のエントリで紹介したロバート・ホールの労働市場論であるが、良く考えると、素人目にも明らかな矛盾が含まれていることに気付いた。

  • ホールは雇用者側のインセンティブを高めよ、と主張しているが、一方で、実際の就職者は景気の良し悪しに関わらず毎月400万人で安定している、と言う。就職者数が安定しているということは、雇用者側がコンスタントに人を採用している、ということに他ならないのではないか。従って、景気後退時の失業率の上昇を防ぐために雇用者にインセンティブを与えよ、と言うことは、景気後退時には通常時よりも雇い入れを増やせしめよ、と言うことに等しくなる。これはさすがに無茶振りではないか。
  • そう考えると、やはり景気後退時の失業率の上昇においては、雇用のインセンティブよりは、失業者数の増加が問題のように思われる。然るにホールは、離職率が景気の良し悪しに関わらず安定していることを以って、それは問題では無く、就職率に目を向けよ、と主張している。しかし、就職者数が安定していて、就職率が上下しているということは、必然的に求職者数が上下しているということではないか。むしろ、就職率の変動は求職者数の変動を反映しているのではないか。


そこで少しぐぐってみると、やはりそうしたホールの主張への反論が出ていることが分かった。たとえばこちらのブログ記事では、フィラデルフィア連銀シニアエコノミストの藤田茂氏の論文が代表的な反論の例として取り上げられている(ただし、藤田氏の反論は、ホールというよりは、ホールと同様の主張を行ったRobert Shimerに向けられている)。


また、Steven J. Davisというシカゴ大の教授は、直接的にホールの論文に対する批判的なコメントを書いている(ホールの論文と同じくNBER Macroeconomics Annualシリーズの2005年版向けに書かれたものらしい)。以下では、その結論部を拙訳で紹介してみる。

  1. やや誇張気味ではあるが、ホールが失業率の説明に際して就職率の景気循環性を強調したのは正しい。「就職率の経済学」における研究の進歩は、我々の失業に関する理解を大きく深めてくれるだろう。
     
  2. ホールは離職率の反景気循環的な動きを過小評価している。より問題なのは、離職率の合計値に焦点を当てたことである。私に言わせれば、それは見当違いである。レイオフは非常に反景気循環的である一方、自発的退職は非常に景気循環的である。レイオフされた労働者は失業者になる率が高く、失業期間も長くなり、その後の所得も良くない。
     
  3. 失業者の流入や流出を説明する際に、離職率の反景気循環的な動きや、離職した労働者が失業しやすい傾向を主たる説明要因とすることは、必須と言える。
     
  4. 仕事の消滅とレイオフは、ミクロのクロスセクションとマクロの時系列のいずれにおいても密接に関連している。急速な仕事の消滅と結びついた大量のレイオフは、多くの失職者に多額かつ継続的な所得損失をもたらす。
     
  5. 自発的退職とレイオフの区別、離職の説明力、離職者の所得損失に関する実証結果は、失業と労働市場の流出・流入に関する均衡サーチ理論にとっては厄介な問題である。こうした問題に注意を払うことは、それらの理論が労働市場の変動やその帰結に関する幅広い分析を提供する上で、避けて通れない。