クルーグマン:金融改革に対する6つのバンテージ・ポイント

クルーグマン4/18ブログエントリで、このコンファレンスでの自分の講演内容を書き出している。以下はそのまとめ。

クルーグマンは、金融改革については以下の6つの視座がある、と述べている。それらはお互いに排他的なものではないが、優先順位の付け方によって進むべき方向が変わってくる、とのことである。

  1. 規模
    • 「大きすぎて潰せない」というスローガンが有名だが、クルーグマン自身は必ずしも大きいことは悪いことだ、と考えていない(次項参照)。ただし、規模の大きさが政治的影響力につながる面は懸念。
       
  2. 影の銀行システム
    • クルーグマンはダイアモンド=ダイビックの理論の信者*1であるが、影の銀行システムは、流動性と満期の変換を行なうという点で、その理論の銀行に当てはまる。しかし、規制の枠組みでは銀行扱いされなかったっため、今回の事態につながった。
    • ミンスキーは影の銀行システムの出現を見抜いていた。彼はフリンジ・バンキングという言葉を使ったが、それはPimcoのポール・マカリーが影の銀行システム(シャドウ・バンキング)と名付けたものと同じものを指していた。
    • 注意すべきは、この話には「大きすぎて潰せない」という要素は入ってこないことである。ダイアモンド=ダイビックの論文における銀行は原子のようなものである。また、リーマンも非常に大きな銀行だったわけではないし、1930-31年の銀行システムの崩壊も、ブロンクスの全米28位の銀行から始まった。
       
  3. 不透明性
  4. 略奪的取引
    • サブプライム貸付のかなりの部分が略奪的取引だったことは疑いない。また、MBS販売でも同様のことがあっただろう。さらに、コウモリダコの話もある*3
       
  5. 政府介入
    • 善意に溢れた政治家が今回の危機を招いた、と信じる人たちが少なからずいる。曰く、CRA(Community Reinvestment Act=地域再投資法)が銀行のマイノリティへの貸付を余儀なくさせた、ファニーメイフレディマックがバブルに責任がある。
    • これらに反論することはたやすい。CRAはサブプライムが発展する30年前から存在しているし、そもそもサブプライム貸付の大部分がCRAの対象でない。また、住宅バブルが最も膨張したのは、ファニーとフレディが会計スキャンダルの影響で市場から手を引きつつあった時期だった。
    • ただ、どのように説得しようとも、バーニー・フランクが問題を引き起こしたと信じ続ける人が数多く存在していることを知っておくのは重要。
       
  6. 金融政策の失敗
    • オーストリア学派ロン・ポールのようなリバタリアン以外にも、ジョン・テイラーのようなきちんとした経済学者がこの点を主張している。
    • クルーグマン自身は、2002-2004年の低金利政策には十分な理由があったと考えている。当時はデフレの危険性が実際に存在しており、まだ現実化していなかった資産価格バブルのためにそれを無視すべきだったという論議は受け入れにくい。
    • リーマンショック後のポールソン財務長官らの対応がまずかったという批判については、細部について様々な議論ができようが、クルーグマンの見方からすると、政策当局者が常に賢明で適切な行動を取らなければ機能しないような金融システムは、そもそもシステムとして信頼できるものとは言えない。

クルーグマンは上記の#2の立場に立つが、#3と#4の視点も許容する、とのことである。


また、クルーグマンは、金融改革案を以下の3つに分類している。

  1. 市場原理に任せる。政府は決して金融機関を救済しないと宣言すれば、倒産への恐怖が銀行を過度なリスクテイキングから遠ざける。
    • しかし、もちろんこれは幻想に過ぎない。1930年に我々は銀行を倒産するに任せたが、その結果は大恐慌だった。2008年にポールソンはリーマンを倒産させ、数日のうちに世界は破滅の淵に立った。我々は金融システムにとって重要な金融機関を倒産させることはできないし、そうすべきでもない。
       
  2. グラス=スティーガル法を再導入し、預金金融機関を保護し、銀行の倒産が無かった平和な時代(Quiet Period)に戻る。投資銀行は好きにさせる。
    • これも現実的ではない。もはや影の銀行システムが無くなることはないし、レポ取引や他の短期債務取引は今や預金金融機関と同じくらい経済にとって重要な位置を占めている。預金金融機関さえ良ければ大丈夫、という時代は終わったのだ。
       
  3. 21世紀版のQuiet Periodを創り出す。
    • この方向はなぜかあまり議論されていないが、影の銀行システムにもFDIC型の救済の仕組みを整えると同時に、規制も掛ける。モラルハザードを防ぐため、レバレッジの制限、デリバティブの改革などを進める必要があろう。ただ、狡い銀行家は常に抜け穴を見つけるだろうが。
    • Quiet Periodにおいて銀行は、規制でがんじがらめになっていた一方で、参入制限による独占利益も享受していた。問題は、そうした状況をまた再現するということを、政治家が目標として掲げにくいことだ。
    • 危機の結果、集約されて競争が少なくなった銀行システムは、事実上その状況を再現したのではないか、という議論もあろう*4。しかし、表立ってそれが良いことだとはやはり言いにくい。
    • ということで、クルーグマンとしては改革の行方にそれほど楽観的にはなれない…。

*1:cf. ここ

*2:元ネタは多分これ。そのまた元ネタはこれ

*3:ここでvampire squidsはゴールドマンを初めとする投資銀行を暗に指している(語源はMatt Taibbiという記者がローリング・ストーンズ誌に書いた記事の冒頭の一節「The first thing you need to know about Goldman Sachs is that it's everywhere. The world's most powerful investment bank is a great vampire squid wrapped around the face of humanity, relentlessly jamming its blood funnel into anything that smells like money.」。マイケル・ルイスこのコラムも参照)。ただしクルーグマンは、この話をしたのは今回のSEC訴追騒ぎの前である、と断っている。

*4:これは日本もまったく同様と言えるかと思われる。