限界税率と課税前所得

マンキューブログの4/14エントリの一つは「ジョン・ゴールトによるゲストエントリ(A Guest Post from John Galt)」と題されている。ただ、ジョン・ゴールトというのはアイン・ランドの小説の主人公の名前なので、これはマンキュー自身の書いたものと考えて良さそうだ。


そのエントリでは、デビッド・レオンハートのNYT記事の以下の一節に反論している。

There is no question that the wealthy pay a higher overall tax rate than any other group. That is an American tradition. But there is also no question that their tax rates have fallen more than any other group’s over the last three decades. The only reason they are paying more taxes than in the past is that their pretax incomes have risen so rapidly — which hardly seems a great rationale for a further tax cut.
(拙訳)
富裕層の全体的な税率が他の所得階層に比べ高いことは疑いない。これは米国の伝統である。しかし、過去30年間の間に、彼らの税率の低下幅が他の所得階層より大きかったこともまた疑いない。彼らが以前よりも高い税金を払っているのは、課税前所得が急激に上昇したからに過ぎない。そのことは、さらなる税率低下を正当化する理由になるようには思われない。


これに対しマンキュー=ゴールトは、レオンハートは税率低下が課税前所得を増やすという経路を見落としている、と批判する。そして、以下のような簡単な試算を提示している。

  • 最高限界税率は、1950年代ないし1960年代初めの91%から、現在は35%まで下がった。
  • つまり、限界的な所得の留保率は、9%から65%まで上がった。即ち、7.2倍になった。
  • (1-税率)に対する課税所得の弾性値が1ならば、富裕層の所得は7.2倍になったことになる。もし弾性値が0.5ならば、7.20.5=2.7倍である。
  • 一方、上位0.01%の超富裕層の所得は、この期間におよそ5倍になった。上記の試算から、そのかなりの部分は最高税率の低下によってもたらされたものと推定される。

なお、マンキュー=ゴールトは、現在ラッファー曲線の反対側にいるから減税すれば税収が増えると主張しているわけではないし、富裕層の所得弾性値も正確に把握していないことは認める、と最後に断っている。ただ、限界税率が課税前所得にあまり影響しないと想定するのは誤りだ、ということを伝えたかったとの由である。


ここで、上の試算を日本の民主党増税案に当てはめてみよう。
このブルームバーグ記事によると、

菅直人副総理兼財務相の経済アドバイザーとして2月に内閣府参与に就任した大阪大学小野善康教授(59)は…所得税最高税率は「今は4割だったが、昔は7割だった。小泉政権の実態は所得の高い人にお金を渡しただけだった」と述べ、「最高税率は上げても良いと思う」との考えを示した。

とのことである。もし4割を7割に戻すのであれば、弾性値を1とした場合、最高税率に該当する課税前所得は半分に低下する。従って、その部分の税収は(最初の課税前所得を1として)0.4から0.7×0.5=0.35に12.5%低下することになる。一方、もし弾性値が0.5ならば、課税前所得は1/1.41421356でおよそ70%になる。その場合、税収は0.4から0.7×0.7=0.49とむしろ2割強増えることになる。
また、可処分所得は、前者の場合は0.6から0.15と4分の1になり、後者の場合は0.6から0.21とおよそ3分の1になる。つまり、前者の場合は税金も可処分所得も低下するので、GDPは必ず低下する。それに対し、後者の場合は、税金は0.09上昇し、可処分所得は0.39低下するので、富裕層の限界消費性向が0.09÷0.39=23%以下ならば、GDPは上昇することになる。