マイクロファイナンスの効果は実は大したことはない?

先日、マイクロファイナンスブームの原点ともいうべき番組の放送を紹介したが、最近ではそうしたブームに対する揺り戻しのようなことも起きているらしい。1年前に商業化の波に揺れるマイクロファイナンスの現状を紹介したティム・ハーフォードが、ボストングローブの9/20記事経由で、今度はマイクロファイナンスへの過大な期待に冷や水を浴びせるような実証研究2本を紹介している*1


一つ目の実証研究は、Dean KarlanとJonathan Zinmanによるフィリピンのマニラでの研究である。内容は、当地のマイクロファイナンス業者を説得し、信用格付けのアルゴリズムに手を加え、ボーダーライン上の借り手にランダムに融資したり拒否したりしたというもの*2。それにより同じような環境の人に融資の有無が与える影響を調べたわけだが、残念ながら結果はそれほど芳しいものではなかった。同じ2人の以前の南アフリカでの実証研究(昨年のハーフォードの記事で紹介された)ではマイクロファイナンスの有効性が示されたことを考えると、期待外れに終わった、とハーフォードは評している。
具体的には、融資から18ヶ月後の追跡調査では、融資を受けたことによる収入や生活の改善は見られなかったという。また、女性に焦点を当てるマイクロファイナンスの伝統とは裏腹に、男性の企業家は融資を受けた後に利益を伸ばしたのに対し、女性の企業家ではそうした傾向は見られなかった。しかもそうした利益の増加は、企業規模を拡大したことによってではなく、むしろ縮小したことによってもたらされたように見えるという。論文の著者は、この現象の原因について、資金繰りのための義理で已む無く雇っていた非生産的な労働者を、融資のお蔭でクビにできたためではないか、と推測している。


二番目の実証研究は、Abhijit Banerjeeとその他3人のMITの経済学者によるもので、インドを舞台にしている。スパンダナというインドの代表的なマイクロファイナンス業者がハイデラバードに進出するに当たり、104の地区のうちまず52地区を対象にするというランダム実験を行なうことに同意したという。ちなみにスパンダナは、グラミン銀行が始めたマイクロファイナンスの伝統に則り、女性のグループを主な融資対象にしているとのこと。
ここでの結果もやはりそれほど目覚しいものではなく、融資による収入や生活の向上は見られず、借り手の女性が家庭内で主導的な役割を担うようになることもなかった。ただ、アルコールやタバコやギャンブルへの支出は僅かながら減少した。また、既に起業していた借り手は利益を増やしたほか、起業予定者と思われる借り手には支出を切り詰める行動――融資により手押し車やミシンといった設備を購入したことに伴う節約と思われる――が見られた。なお、研究の調査期間はやはり2年足らずであった。


ハーフォードはさらに、ボストングローブでは紹介されていない三番目の実証研究として、Pascaline DupasとJonathan Robinsonによるケニアの地方を舞台にした研究を紹介している*3。2人の研究者はそこで、貯蓄口座を開設し、ランダム抽出した村人にその口座を利用するオプションを与えるという実験を行なった。すると、利子が付かず、解約引き出し手数料が高いにも関わらず、女性の間で口座は人気を博した(男性には人気が無かった)という。しかも口座を利用した人には、投資や支出の上昇が見られた。これは、前の2つの研究に比べればマイクロファイナンス推進派に取って勇気付けられる結果、とハーフォードは評している*4


また、最初の2つの研究についてもそれほど悲観する必要はない、とハーフォードは述べている。マニラの研究はあくまでもボーダーラインの借り手の話であったし、ハイデラバードの場合は競合他社がいた。最近マイクロファイナンスに対する揺れ戻しが起きているとすれば、それはあくまでも最初の期待が高すぎたためであり、女性解放や起業家輩出の万能薬ではないことが明らかになっただけ、というのが彼の指摘である。


ちなみに2番目の研究の共著者であるEsther Dufloも、自分の研究についてボストングローブに以下のように語っている。

“I don’t see this as a negative finding,” she says. When asked why she thinks microcredit didn’t boost health and education outcomes, she says, “I would really ask the question, ‘Why did we expect all these things to happen?’ If you give people access to a financial instrument, it’s like any other instrument. It’s useful, but it’s not like the miracle drug to end poverty.”
(拙訳)
「私はこれが否定的な結果だとは思わないわ」と彼女は言う。マイクロクレジットがなぜ健康や教育面で成果を上げなかったのか、と訊かれると、彼女は次のように答えた。「私が逆に訊きたい質問は『なぜ私達はそうしたことが本当に起きると期待したのかしら?』ね。人々に金融商品を提供したとしても、それは他の商品と同じこと。役に立つけど、貧困を終わらせる奇跡の薬というわけではないのよ。」


ハーフォードは記事の最後で、Center for Global Developmentマイクロファイナンス専門家David Roodmanの言葉を引用している。

Suppose microfinance is not having much average impact on poverty, but is giving millions of people a modicum of greater control over their lives … is that so bad?
(拙訳)
マイクロファイナンスは平均すると貧困問題解決にはそれほど効果がないが、何百万もの人々の自分の人生をコントロールする力を少しばかり高めているものだとしよう…それはそんなに悪いことかね?


そのDavid Roodmanは、ボストングローブの記事では以下のように述べている。

The picture that emerges is not of people climbing out of poverty through microenterprise, but people doing what they need to to get by.
(拙訳)
見えてきた構図というのは、マイクロ起業によって人々が貧困から脱出するというものではなく、人々が暮らしていく上で必要なことができるようになったというものだ。


ボストングローブ記事は、さらに他の経済学者のマイクロファイナンスを擁護する以下の発言を伝えている。

ICICI Foundation for Inclusive GrowthNachiket Mor
“Certainly if people expected to see increasing incomes right away, in 12 months, that might be too much to expect”
(拙訳)
12ヶ月という期間で直ちに収入が増えると期待したならば、それはどう見ても期待しすぎというものだろう。

タイラー・コーエン:
“The fact that [microcredit] has survived commercially, I take that more seriously than any other piece of evidence”
(拙訳)
マイクロクレジットが)商業的にやってこれたということは、どんな証拠よりも真剣に受け止めるべきことだと思う。


ボストングローブは、最後に、マイクロファイナンスの魅力の一つは、貧困からの脱出のために経済全体を成長させるという大仕事を回避するところにあったのだが、やはり貧困問題の解決のためには規模の経済を利用せざるを得ないのかもしれない、と書いている。そして、グラミン銀行が1万ドル以下というマイクロファイナンスというよりミニファイナンスというべき融資活動を始めたり、これまで看過されがちだった中小企業セクターに融資ではなく株式購入の形で資金提供するNGOが現れ始めたのも、そうしたことに気付いたためではないか、という興味深い指摘をしている。

*1:ボストングローブによると、2つの研究はいずれもMITジャミール貧困アクションラボ(Jameel Poverty Action Lab)の研究者が主導しているとの由。
また、ハーフォードは揺り戻しの例として、インドでのマイクロファイナンスのバブルを取り上げたWSJ記事も紹介している(契約が必要な記事だが、Yahoo Financeで全文が読める)。それによると、商業化により日本のサラ金地獄のような状況も発生しているらしい。

*2:前述のMITジャミール貧困アクションラボはこうしたランダム実験による研究を推進しているが、素人目には倫理的にどうよ、と思ってしまう。実際、向こうの学界でも物議を醸していることをイースタリーがここここで紹介している(後者はEconomist's Viewでも取り上げられている――ただし取り上げた理由が笑えるが[…Civil Warと呼ばれるオレゴン大対オレゴン州立大のアメフトのダービー試合が、今年はローズボウル行きを賭けたものとなったため、イースタリーがRandomized Evaluationを巡る開発経済学の現状を評したCivil Warという文言が嫌でもMark Thomaの目に付いたとの由。ちなみに12/4の試合ではThomaのオレゴン大が目出度く花園パサデナ行きの切符を手にした])。ひさまつさんの評価も参照。

*3:ハーフォードの記事はリンク先を間違えているので、ここではDupasのHPの該当と思われる論文にリンクしている。なお、DupasとRobinsonの2人もやはりMITジャミール貧困アクションラボに所属しているようだが、論文では同ラボは言及されていない。

*4:ボストングローブ記事では、一本目の研究の著者であるKarlanが、融資よりも貯蓄できる環境作りが重要かもしれない、と語っているが、この発言はこの研究が念頭にあったのかもしれない。