流動性の罠のもとでは財政政策も金融政策も有効

11/14エントリでは、軍事費の景気刺激効果が他の公共支出に比べ劣る、という研究を紹介した。また、バロー等の軍事費の乗数効果は1未満という研究にも言及した。


そのバロー等の10/30voxeu論説に対抗するように、11/18のvoxeuでは、アイケングリーン等のチームが、軍事費の乗数効果は(少なくとも流動性の罠の下では)2以上あるという研究結果を発表した(元の論文はこちら)。
両者の結果の違いをもたらした主な原因は、用いたデータにある。バロー等が米国の90年以上のヒストリカルデータを使用したのに対し、アイケングリーン等は1925-39年の国際連盟加盟国を主体とする27ヶ国のデータを用いている。ここで期間を1925-39年としたのは、彼らの興味の焦点が大恐慌下での金融財政政策の効果にあったためである。ちなみにこの期間には、ヒトラーによるドイツの再軍備や、ムッソリーニによるアビシニア侵入といった出来事があったほか、金融面では高橋是清の積極緩和策があった。


彼らは、ベクトル自己回帰(VAR)の手法を用いて、軍事費のGDP1%分の支出に対するインパルス応答関数を求めている。

青線がモンテカルロシミュレーションを1000回実施した際の16%と84%のラインであり、黒線が平均である。Gは政府支出、YはGDP、Tは税収、Rは公定歩合となっている。

これを見ると、初年度のGDPに対する乗数効果は2.5であり、1年後は1.2である。つまり、大恐慌下の世界各国のデータを用いると、たとえ乗数効果が小さいと言われる軍事費でも、2以上の乗数効果を持つことが示されたわけである。


次いで彼らは、経済危機の下での金融政策の効果を探るため、同じデータを用いて公定歩合を1%引き上げた時のインパルス応答関数を推計している。

この結果を見ると、GDPの変化は有意ではない。
ただ、コレスキー分解の変数の順序を変えて*1、G,Y,T,Rの代わりにR,G,Y,Tとすると、以下のようになり、GDPの変化も有意になる。

この結果から、流動性の罠の下では金融政策の効力は失われると一般には思われているが、実際にはそうではなかった、とアイケングリーン等は述べている。


彼らはvoxeu論説の最後を以下のような強い調子の言葉で締めくくっている。

For others with different priors, these results may sit less easily. But the time for priors is over. Policy should rest on an evidentiary basis. The evidence we have marshalled so far speaks clearly.
(拙訳)
(金融緩和政策が1930年代に効果があったというのとは)異なる事前の前提で物事を考えていた人には、これらの結果は受け入れがたいかもしれない。しかし、事前の前提で物事を考える時期は過ぎた。政策は実証結果ベースで進めるべきなのである。我々がここで導き出した実証結果の指し示すところは明らかだ。

*1:このあたりのVARの手法についてぐぐってみたところ、この資料の説明が比較的分かりやすいように思われる。