オークン則破れたり?

ブラッド・デロングがThe Week Magazineのコラムで、今度の景気回復は、雇用なき回復(jobless recovery)になるだろう、と書いた


そこで彼は、2009年のGDPの予期せぬ-1.2%の下落が1.5%の失業率上昇を伴ったことを指摘し、オークン則破れたり、と主張している。というのは、オークン則における失業率変化率÷GDP変化率の係数は0.5程度なので、そこから予測される失業率の上昇はせいぜい0.6%程度だったはずだからである。


また彼は、これまでオークン則において失業率変化率がGDP変化率より小さくなると考えられてきた理由として、以下の4つを挙げている*1

  1. 企業は景気後退期に労働を保蔵する傾向がある。仮に一時的に仕事が無くても、有能な労働者に賃金を払い続ける。
  2. 企業は失業率が上昇すると労働時間もカットするので、生産は労働人口減少分以上に低下する。
  3. 労働時間が人為的に減らされると、工場や装置の効率性も低下する。
  4. 職を失った者の中には、職探しを諦めて失業率の数字に現れなくなる者もいる。

デロングは、今回失業率が大きく上昇した要因として、上記の要因1がそれほど効かなくなった、すなわち、企業が労働者を手放したくないとそれほど思わなくなったのではないか、と推測している。そして、回復の際も、直近2回の景気回復(=1990-1991と2001の景気後退の後の回復)と同様、雇用なき回復になるだろう、と悲観的な見方を示している*2


これに異を唱えたのがAngry Bearのロバート・ワルドマンで、オークン則は景気後退期と回復期で対称的なのだから、新たな「破れた」オークン則も対称的になるのではないか、と指摘した。すなわち、デロングの考えを敷衍すると、景気後退期に失業率が大きく減少したのだから、回復期にはむしろ雇用の急回復が見られるのではないか、というわけである。


ただ、ワルドマン自身はやはり今度も雇用なき回復になるだろうと見ており、そのためにデロングの考えを少しひねった以下の説明を提示している。

企業経営者は、自社の製品に対する需要がまもなく回復するだろうと思えば労働を保蔵するし、回復せず需要が低い水準に留まると思えばそれに見合った水準まで労働力を減らす。従って、部門間の需要のシフトを伴う景気後退においては、雇用が大きく減少するだろう。そして、その後の景気回復期にも雇用は増えないだろう。というのは、需要のシフト先となった新興部門では、(レイオフした労働者を呼び戻す場合と違い)新たな労働者の訓練に手間が掛かるので、雇用をそれほど増やさないためである。


面白いのは、ワルドマンがさらに、ワルドマンとデロングの以前の共同論文に示された第三の説明を提示している点である。
その論文で二人は、米国のオークン則係数は一定ではなく、失業率の増加関数である、と主張したという。理由は単純で、失業率が高いほどレイオフした労働者を再雇用しやすくなるためである。この場合、失業率が5%から9%に上昇した場合のGDPの減少は、失業率が5%から7%に上昇した場合の減少の2倍よりは小さくなる*3。論文ではアウト・オブ・サンプルの検証もうまくいったので、なぜデロングはこの仮説による説明を試みずに、経営者の心理分析に走ってしまったのか、とワルドマンは嘆いている*4

*1:ちなみに、小生は以前別の解釈をしたことがあった。なお、そこではオークン則の係数をGDP変化率÷失業率変化率と定義していることに注意。

*2:デロングはまた、直近2回の回復が雇用なき回復になった理由として、対応する景気後退が(それ以前[=1969-70、1973-75、1979-1982]のインフレ退治のための金融引き締め策によりもたらされたものと異なり)バブル崩壊によるものだったため、というクルーグマンの説も紹介している。

*3:逆に言えば、失業率の5%から7%への上昇をもたらすようなGDP減少の2倍の減少は、失業率を9%よりは高い水準に押し上げる。

*4:ただ、(少なくともAngry Bearのエントリで紹介された範囲では)この説明もオークン則の非対称性を導き出さないので、やはり景気回復期の雇用の急回復を予測するように思われるが…。