クリーブランドFRBのエコノミストのユリヤ・デムヤニク(Yuliya Demyanyk)が、「Ten Myths about Subprime Mortgages」と題した小論で、サブプライムローン危機に関する一般的な説明の誤謬を論じている(Economist's View経由)。彼女の指摘する10の神話とは以下の通り。
- 神話1
- サブプライムローンは信用に問題のある借り手だけが対象となった。
- 実際には、サブプライムローンには、あらゆる種類の借り手がいた。というのは、サブプライムローンは借り手の性格だけではなく、貸し手のタイプや証券化の手法によっても定義付けられたからである。従って、プライムローン市場では利用できないエキゾチックなタイプのローンもサブプライムローンに分類された。
- 神話2
- サブプライムローンは持ち家所有を促進した。
- 確かに、2000-2006年の間に、100万人がサブプライムローンを利用して初めての持ち家を手に入れた。しかし、(初めての持ち家購入以外を含め)サブプライムローンを組んで2〜3年後に債務不履行となった数は、それを上回った。その状況では、持ち家所有を促進したとはとても言えない*1。
- 神話3
- 住宅価格の下落がサブプライム危機をもたらした。
- 2001-2007年の間に、新規のローンの質は年々悪化していった。住宅価格の下落はそれを明るみに出したに過ぎない。
- 神話4
- ローン査定基準の劣化がサブプライム危機のトリガーとなった。
- 2001-2005年の間の新規ローンが1年後に債務不履行となる割合は約10%だったが、2006-2007年の間の新規ローンについてはそれが約20%に跳ね上がった。確かに査定基準は年を追って劣化したが、ただ、両期間の査定基準には、このような債務不履行の倍増を説明するほどの大きな差はなかった。
- 神話5
- サブプライムローンが失敗したのは、人々が住宅をATM代わりに使ったからである。
- 現金払い出しを伴った借り換えローンにおける1年後の債務不履行割合は、2006年契約分は17%、2007年契約分は20%であった。それに対し、住宅購入目的のローンについてのそれらの数字は、それぞれ23%と27%であり、リファイナンス目的のものよりむしろ悪かった。
- この見方は、固定金利ローンに比べ変動金利ローン(最初は固定金利だが契約の数年後に金利がリセットされる人気のハイブリッド型を含む)の方が債務不履行割合が高いという分析に基づいている。しかし、その分析には、契約された年を考慮せずにすべてのローンを一律に分析対象にしたという欠陥がある。実際には、契約が新しいほど不履行率は高い。2006/2007年契約ローンの1年後不履行率は、2003年契約ものの2.6/3.5倍(固定金利)もしくは2.3/2.7倍(変動金利)であった。また、2001-2007年の間には、固定金利ローンは不人気であまり利用されなかった。そのことを考え合わせると、固定金利に比べ変動金利の方が問題だったとは結論するのは正しくない。
- ハイブリッド型は、サブプライムローンだけではなくプライムローンにも存在する。2001-2007年のプライムローンのハイブリッド型の最初の固定金利は2〜3%で、確かに客寄せの「ティーザーレート」だったと言える。しかしサブプライムローンの場合は7.3〜9.7%で、完全固定金利サブプライムローンよりは低かっただろうが、水準的には「ティーザーレート」と呼ぶのにふさわしかったとは言えない。
- 神話8
- サブプライム危機はまったく予想されていなかった。
- ブームの最中は借り換えが容易なので、債務不履行が起きにくく、ローンの質の低下は見えにくい。しかし、住宅価格の上昇をコントロールした実証研究では、危機が顕わになる前の6年間に債務不履行が年々上昇していたことが分かった。そうした質の低下は、実証研究と後知恵のお蔭で今となって明らかになったことだが、当時もまったく認識されていなかったわけではない。というのは、証券化の当事者は質の劣化を反映して金利を調整していたからである。予測されていなかったのは危機そのものではなく、そのタイミングと規模であった。
- 神話9
- サブプライム危機の発端は米国特有のユニークなものだった。
- その規模と深刻さ、および世界的な金融危機を招いた点ではユニークかもしれないが、発端という点では、普遍的かつ古典的な貸し付けブームとその崩壊というシナリオに沿っている。すなわち、貸し付け基準の低下、ローンのリスクの上昇、リスクプレミアムの低下を伴った場合、大規模な貸し付けブームは市場崩壊につながる、というシナリオである。1980年のアルゼンチン、1982年のチリ、1992年のスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、1994年のメキシコ、1997年のタイ、インドネシア、韓国は、皆このパターンだった*2。米国自身も、1980年代の農業ローンと1990年代の商業不動産ローンで、規模はより小さいものの、似た経験をしている。
- 神話10
- サブプライム市場は大きな問題を招くほど大きな市場ではなかった。
- 危機前には、サブプライム市場のような比較的小さな市場(2008年時点で米国の不動産ローン市場の約16%)は、たとえ完全に崩壊したとしても影響が広範囲に及ぶことはないと考えられていた。しかし、証券化の複雑な仕組みがそれを全世界的な危機に変えてしまった。
これについてMark Thomaは、以下のように異を唱えている。
- 神話8:完全に予想外だったわけではないかもしれないが、一般的には予想されておらず、正しく予期していた人はごく限られていた。
- 神話10:かつてこのことが信じられていた時期があったかもしれないが、今これを信じている人は誰もいないだろう*3。
- 神話4:完全に神話だったとは確信できない。