おちゃらけ社会派を自称するアルファブロガーのちきりん氏の様々な分析は、はてな界隈で多くの注目を集めているが、その中でも「正社員ポジションはどこへ?」と題された昨年8月3日エントリは、自身最高数の約800のはてブを集めている。
確かにその分析内容は面白く、これが本当ならば若者の正社員の座が中高年に奪われているというのが素直に納得できる。
だが、はてブの中には、分析への称賛の声に混じって、少数ながら統計数字の扱い方への疑問の声も見られる。その中でもstaebchen氏は、「25〜34歳の正規雇用を調べたら88年→07年で55万人増加してる」と指摘しており、この20年の間に35歳未満では正社員が239万人減った、というちきりん氏の分析と一見矛盾する結果を提示している。
この矛盾を解く鍵は、ちきりん氏が35歳未満の中に24歳以下の年齢層を含めている点にある。故意かどうかはわからないが、ちきりん氏は、同じエントリ内で人口に言及する時は「25歳〜34歳の人口:78万人増加」のように24歳以下の年齢層を外しているのに対し、雇用に言及するときは「35歳未満」のように記述して24歳以下も含めており、読者がその当たりを混同するような書き方になっている。
実際のデータを見てみよう。総務省の「年齢階級,雇用形態別雇用者数」の最古期(1988年2月)と最新期(2009年1-3月)のデータを見てみると、以下のようになっている。
1988年2月 | 2009年1-3月 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年齢層 | 雇用者 | 役員 | 正規 | 非正規 | 雇用者 | 役員 | 正規 | 非正規 | ||
合計 | 4422 | 290 | 3377 | 755 | 5472 | 386 | 3386 | 1699 | ||
15〜24歳 | 620 | 3 | 512 | 106 | 489 | 2 | 258 | 228 | ||
25〜34歳 | 1005 | 22 | 878 | 105 | 1230 | 22 | 900 | 308 | ||
35〜44歳 | 1220 | 71 | 927 | 222 | 1319 | 63 | 930 | 326 | ||
45〜54歳 | 977 | 88 | 717 | 172 | 1128 | 86 | 731 | 312 | ||
55〜64歳 | 494 | 72 | 307 | 115 | 988 | 132 | 490 | 367 | ||
65歳〜 | 106 | 35 | 36 | 34 | 317 | 81 | 77 | 157 |
(男女計、単位:万人、役員は雇用者から役員を除く雇用者を差し引いて求めた)
両期の間の増減数をまとめると以下のようになる。
年齢層 | 雇用者 | 役員 | 正規 | 非正規 |
---|---|---|---|---|
合計 | +1050 | +96 | +9 | +944 |
15〜24歳 | -131 | -1 | -254 | +122 |
25〜34歳 | +225 | 0 | +22 | +203 |
35〜44歳 | +99 | -8 | +3 | +104 |
45〜54歳 | +151 | -2 | +14 | +140 |
55〜64歳 | +494 | +60 | +183 | +252 |
65歳〜 | +211 | +46 | +41 | +123 |
正規雇用は、確かに15〜24歳の年齢層では254万人も減っているが、25〜34歳では逆に22万人増えている*1。つまり、35歳未満とひと括りにしてしまうと確かに230万人以上の減少となるが、25〜34歳の年齢層を見ると実は増えているのである。のみならず、この表では、15〜24歳を除くすべての年齢層で正規雇用は増えている*2。
15〜24歳の年齢層で正規雇用が大幅に減った理由だが、これは同年齢層の人口の減少*3や大学進学率の上昇*4によるものと考えるのが自然だろう。また、この年齢層が正規雇用において中高年と直接競合すると考えるのも少し無理があるように思われる*5。従って、ちきりん氏がエントリの最後で示したグラフ――34歳以下の正規雇用のマイナスが55歳以上の正規雇用のプラスに転化したことを図示しているグラフ――は、ミスリーディングと言わざるをえない。
確かに、正規雇用の増加が雇用全体の増加に占める割合を見ると、55歳以上の年齢層のそれは、他の年齢層に比べ高い。だが、それは、増えたパイの内訳の話であって、ある年齢層のパイが減って別の年齢層のパイに回ったという話ではない。
ちなみに、この総務省統計では、正規雇用比率と非正規雇用比率も併せて示されているので、それを以下に転記しておく。
1988年2月 | 2009年1-3月 | 正規比率 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
年齢層 | 正規比率 | 非正規比率 | 正規比率 | 非正規比率 | 低下幅 | ||
合計 | 81.7 | 18.3 | 66.6 | 33.4 | -15.1 | ||
15〜24歳 | 82.8 | 17.2 | 53.1 | 46.9 | -29.7 | ||
25〜34歳 | 89.3 | 10.7 | 74.5 | 25.5 | -14.8 | ||
35〜44歳 | 80.7 | 19.3 | 74.0 | 26.0 | -6.7 | ||
45〜54歳 | 80.7 | 19.3 | 70.1 | 29.9 | -10.6 | ||
55〜64歳 | 72.7 | 27.3 | 57.2 | 42.8 | -15.5 | ||
65歳〜 | 51.4 | 48.6 | 32.9 | 67.1 | -18.5 |
これを見ると、55歳以上の正規雇用比率の低下幅は、むしろ25歳以上の他の年齢層よりも大きいことが分かる。すなわち、他の年齢層では、正規雇用の数があまり変わらずに非正規雇用の数が増え、相対的に正規雇用者の比重が薄まる形で正規雇用比率が下がったのに対し、この年齢層ではそもそも雇用者数が倍以上に増えたため、より根本的にその比率が変化した格好になっている。
なお、そもそも雇用者が20年間で1000万人も増えた理由だが、もちろんちきりん氏の言うように定年延長や女性の労働参加率の増加も大きいだろうが、もう一つ注意すべき要因がある。それは、自営業者の廃業(もしくは会社組織への変更)に伴う転身である。
たとえばこの統計を見ると、雇用者は1988年の4538万人から2008年の5524万人に986万人増えているが、就業者総数の伸びは6011万人から6385万人の374万人の伸びに留まっている。これは、同期間に自営業者と家族従業者がそれぞれ300万人以上減少しているためである。中高年の雇用者数の増加の背景には、こうした労働市場全体の構造変化もあるものと思われる。
まっそーゆーことよ。
そんじゃーね。
*1:25〜34歳の増加幅22万人というのはstaebchen氏の55万人に比べれば随分少ないが、これは最新期の2009年第1四半期を比較対象にしたため。この期の同年齢層の正規雇用は上表の通り900万人だが、2007年平均は940万人、2008年平均は916万人である。
*2:ちきりん氏は35〜54歳の正規雇用が20年間で35万人減少したという数字を示しているが、2009年第1四半期が上表の通り930+731=1661万人で1988年2月の927+717=1644万人に対し17万人のプラスなのに対し、2007年平均は890+740=1630万人で14万人のマイナス、2008年平均は898+731=1629万人で15万人のマイナスとなっている。この当たりは景気の変動による影響も大きいので、1年の間に数十万単位で数字がぶれるのが実際のところである。
*3:総務省のデータによると1988年10月1日時点で1848.7万人に対し2008年12月1日時点で1322.4万人。
*4:cf. このグラフ。ちなみに本文で使用した統計では、2009年1-3月の15〜24歳について、在学中を除いたベースの数字も出ているが、それによると雇用者、役員、正規雇用、非正規雇用はそれぞれ376、2、255、118(万人)となっており、非正規雇用の約半数がバイトであることが分かる。
*5:もちろん、そうした要素がまったく無いとは言わないが。