IMFの不良資産見積もり

昨日のエントリの補足として、今日は、スロウィッキーが依拠した2009年4月発表のIMFの国際金融安定性報告書(GFSR)の関連テーブル、中でもEconbrowserでメンジー・チンが推奨したChapter1のTables 1.3と1.4を自分なりに整理してみる。


まずはTable1.3の要約。

<2007-2010年の金融機関の損失推計額(10億ドル)>
原資産国 資産合計 損失推計 うち銀行 うち保険 うちその他 損失率(%)
米国 26,554 2,712 1,604 218 890 10.2
欧州 23,807 1,193 737 75 381 5
日本 7,358 149 129 8 12 2
合計 57,719 4,054 2,470 301 1,283 7
新興国 ... ... 340 ... ... ...
銀行の損失合計 ... ... 2,810 ... ... ...

スロウィッキーが5/5エントリで指摘するように、国名(ないし地域名)は、金融機関の所属国ではなく、資産(債権、証券)の原産国であることに注意*1
損失推計の合計4.054兆ドルが、全世界の全金融機関の損失額として巷間良く引用される4.1兆ドルということになる。また世界の銀行全体の損失は2.8兆ドルということになる。



次いで、Table1.4。これは最も重要なテーブルなので、要約せずにすべての数字を紹介する。

<銀行の必要資本額(10億ドル)>
 米 国 ユーロ圏  英 国 その他欧州
2008年末の状況
2008年末までの償却額 510 154 110 70
2008年末までの増資額 391 243 110 48
2008年末Tier 1/RWA比率 10.40% 7.30% 9.20% 7.30%
2008年末TCE/TA比率 3.70% 2.50% 2.10% 2.30%
2009-10年予測
2009-10年予測償却額 550 750 200 125
償却調整済Tier 1/RWA比率 6.70% 1.10% 4.70% 1.70%
償却調整済TCE/TA比率 0.10% -0.20% 0.40% 0.50%
2009-10年予測利益
2009-10年予測利益留保額 300 600 175 100
2009-10年予測償却額−留保利益 250 150 25 25
必要資本額
レバレッジ=25倍 275 375 125 100
レバレッジ=17倍 500 725 250 225

注)

  1. 米国はGSE(government-sponsored enterprises)を除く。GSEは2500億ドルを政府から資本注入予定。
  2. その他欧州はデンマークアイスランドノルウェースウェーデン、スイス。
  3. レバレッジ=25倍はIMFシナリオ。TCE/TA=4%。
  4. レバレッジ=25倍は1990年代半ばの米銀行の平均的な数字。TCE/TA=6%。
  5. Tier 1=Tier 1自己資本(Tier 1 capital)、RWA=リスク加重資産(risk-weighted assets)、TA=有形資産(tangible assets)、TCE=有形普通株式株主資本(tangible common equity)


この表の米国の2008年末までの償却額5100億ドルと2009-10年予測償却額5500億ドルの合計1.06兆ドル、および、レバレッジ=25倍に戻す場合の必要資本額2750億ドルが、昨日紹介したスロウィッキーが頻りに引き合いに出していた数字である。


なお、ここでは実際のTCEとTAの数字が記載されていないが、2010年末時点の値は、必要資本額の表から、以下の算式を解いて求められる。
TA=(TCE+275)*25=(TCE+500)*17  (米国の場合)

こうして求めたTAとTCE(2010年末の予測償却マイナス留保利益を適用後、必要資本額加算前)は以下のようになる*2

 米 国 ユーロ圏  英 国 その他欧州
TCE 203 369 141 165
TA 11,953 18,594 6,641 6,641
TCE/TA 1.70% 1.98% 2.12% 2.49%


また、このTAにTable1.4の2008年末TCE/TA比率を乗じると、2008年末時点のTCEが算出される。

 米 国 ユーロ圏  英 国 その他欧州
TCE 442 465 139 153


ただ、このTCEに2009-10年予測償却額をそのまま適用すると、以下のようにその他欧州を除き軒並みマイナスとなり、TCE/TAも、Table1.4の償却調整済TCE/TA比率より1%程度低くなる。

 米 国 ユーロ圏  英 国 その他欧州
単純計算償却調整済TCE -108 -285 -61 28
単純計算償却調整済TCE/TA比率 -0.90% -1.53% -0.91% 0.42%
Table1.4償却調整済TCE/TA比率 0.10% -0.20% 0.40% 0.50%


これは、2008年末のTAと2010年末のTAとして違う数字を用いている等の要因によるものと思われるが、小生にはその差の原因が分からなかった。
ちなみに、2008年末TCE/TA比率と償却調整済TCE/TA比率の差が2009-10年予測償却額に対応していると考えると、そこからもTAが逆算できるが(米国の場合だと550/(3.7%-0.1%))、その場合のTAは上記で推計したものから大きくずれる(たとえばTA自身に表中の償却を適用するだけでは説明できない)。

 米 国 ユーロ圏  英 国 その他欧州
償却調整前後のTCE/TA比率と償却額から推計したTA 15,278 27,778 11,765 6,944
必要資本額から推計したTA 11,953 18,594 6,641 6,641

*1:5/16追記:スロウィッキーが指摘するルービニとリチャードソンのような誤読は、文藝春秋の6月号に掲載された金融マン匿名座談会でも見受けられる。米国を原産とする資産の損失額2.7兆ドルについて、「今の推計は、あくまでもアメリカの金融機関だけの話だろう。ヨーロッパの分をあわせるともっと増える。」という発言がある。
ちなみに、この座談会では、IMFの資料にきちんと当たっていないのではないか、と思われる発言が他にも間々見られる(発表後間もないので時間がなかったのかもしれないが…)。ヨーロッパの問題資産の額が23.66兆ドルという秘密情報がある、と得々と語っている人がいるが(ソースはデイリー・テレグラフの2月のこの記事もしくはこの記事らしい)、それは4月のIMF資料の上表(Table1.3)の欧州原産資産の23.807兆ドルに相当する分を指していると思われる。そして、勝手にそのうちの35%を米国原産だと判断して差し引き(ここでも欧州原産を欧州金融機関保有と取り違えている)、残りの14.4兆ドルを26.6兆ドル(Table1.3の米国原産資産)と足し合わせ、合計41兆ドルを問題資産だと判断している。この計算では、上表の日本を除いた合計値50兆円を9兆円も過小評価していることになる。ただ、その41兆円に米国原産資産の損失率10.2%を当てはめて、世界全体の損失を4.2兆ドルと推計しているが、それは結果的にIMFの4.1兆ドルに近い値となっている。
また、ブルームバーグの推計データとして米国9000億ドル、欧州3800億ドルという償却累計額を引用している人がいるが、これはIMFのTable1.4の2008年末までの償却額と増資額の合計にほぼ一致している(ブルームバーグの欧州をユーロ圏と見なした場合。なお、文脈からは、ブルームバーグの数字も資金調達額を含んでいるように読み取れる)。話者はこの金額を4.2兆ドルに対比させて償却率を論じているが、もしブルームバーグの値が本当にIMFのTable1.4の推計額に対応するものであれば、今度はスロウィッキーのジョンソン&クワックに対する批判、すなわち銀行についての統計と金融機関全体についての統計を混同しているという批判が当てはまることになる。

*2:GFSRのTable1.15では米銀の資産が11,940、英銀の資産が6,329、英国除く欧州の銀行の資産が24,124となっているので、この推計TAと概ね一致している(上記推計でユーロ圏+その他欧州のTA=25,235)。