IMFによると米銀行はこのままでおk

多くの経済学者や論者が米銀行のバランスシートについて悲観的な認識を示し、国有化論を唱える中、ジャーナリストのスロウィッキーがこのところ、自身のニューヨーカー誌サイトのブログで、米銀行の状況は言われるほど悪くない、このままいける、という論陣を張っている。

特に最近は、2009年4月発表のIMFの国際金融安定性報告書(GFSR)のデータを元にそうした主張を強めているので、それらを以下に簡単にまとめてみる。

TARPで必要な資本は賄える

5/4エントリで彼は、米銀行に今後必要な資本注入額として、IMFが出した2750億ドルという数字を引用する。そこで彼は、IMFがあくまでも有形普通株式株主資本(tangible common equity)として必要な資本注入額を計算したことを指摘し、政府は既に何千億も優先株式の形で銀行に資本を入れているので、その大部分を普通株式に転換すればIMFの必要追加資本額の要件は満たせる、と主張する。また、TARPにはまだ1000億ドル残っているので、オバマ政権は議会に追加の予算を要求する必要はないだろう、とも述べている。

ルービニのIMF統計の引用間違い

5/5エントリで彼は、ヌリエル・ルービニとマシュー・リチャードソンがIMFの統計を誤って引用したことを指摘している。ルービニとリチャードソンの二人は、米国の債権や証券の損失が2.7兆ドルに上ること、および米国の銀行や証券会社がその損失の過半を負っていることをIMFのデータから示し、米銀が支払い不能状態に陥っているという彼らの説の傍証としている。
だが、この2.7兆ドルという数字は、あくまでも原資産が米国の債権と証券の損失である、とスロウィッキーは指摘する。その過半というと1.4兆ドルとなるが、それに対し、IMFは資料の別のページで、米銀の損失は2010年までで1.06兆ドルであるという試算を示している。しかも、その半額の5000億ドルは昨年末までに償却済みである(同時に4000億ドルの増資も実施済みである)。その結果、IMFの計算では、(上記5/4エントリで示した通り)必要な額はあと2750億ドルとなっており、それは理論上はTARPで賄える、とスロウィッキーは改めて主張する。

ジョンソン&クワックのIMF統計の引用間違い

5/7エントリで彼は、The Baseline Scenarioでサイモン・ジョンソンとジェームズ・クワックがIMFの統計を誤解を招く形で引用したことを指摘している。ジョンソンとクワックは、金融機関の損失が4.1兆ドルというIMFの推計結果を引用したが、それはあくまでも全世界の全金融機関の損失である。米国の銀行システムの問題を論じる中でその数字を出すのは明らかにミスリーディングである、というのがスロウィッキーの主張である。実際の数字は、世界の銀行全体で2.8兆ドル、米国の銀行だけだと1.06兆ドルである*1、と彼は書いている。
これに対しクワックは、それについては自分のミスだった、と認めている
(なお、両者の間にはこれ以外にも論点があったのだが、それについては後日改めて取り上げたい。)

ストレステストの結果もIMFと整合的

5/7のもう一つのエントリで彼は、財務省のストレステストの結果を取り上げ、IMFの推計と整合的、と述べている。具体的には、財務省は、大手19行の2010年までの損失(2007-08年を含む)を9500億ドルと見積もったのだが、それはIMF(こちらは全米8000行強の銀行が対象)の約1.1兆ドルという結果と符合する。

FRBの推計もIMFと整合的

5/8のエントリで彼は、財務省のストレステストで使用されたFRBの推計を取り上げ、IMFの推計と整合的、と述べている。具体的には、FRBは、大手19行は今後750億ドルの資本増強が必要、と推計したのだが、これがIMFの推計の2750億ドルよりかなり小さいため、一部で非難されていることを俎上に載せている。
スロウィッキーによれば、750億ドルというのは、あくまでも過去4ヶ月にリストラや資産売却やシティで優先株から普通株への転換が進んだ結果であり、2008年末のFRB推計は1850億ドルであったことを指摘している*2。そして、1850億ドルと2750億ドルというのは、両者の推計対象の違い(FRB:大手19行、IMF:銀行全体)を反映しているものであり、実際、資産総額の比率を勘案すれば、両者の推計は一致する(∵大手19行の資産は全体のおよそ2/3)、と主張している。

*1:当初「米国の金融機関全体で2.8兆ドル、銀行だけだと1.06兆ドルである」と誤記したのを5/13修正。

*2:cf. ここ