FDICが財務省のクレジットラインに手を伸ばさない理由

先週末で、年初来の米銀倒産件数が98行になったことが報じられたFDICのFAQページによると、預金保険基金(Deposit Insurance Fund=DIF)の残高は9月末にマイナスに転落する見込みという(Calculated Risk経由)。


こうなると、追加資金をどうやって調達するかが問題になるが、9/29のFDICの発表によると、銀行に通常の預金保険料を3年分前払いしてもらうことになったとのことである(cf. ロイター日本語記事)。臨時徴収や財務省のクレジットラインに頼ることは見送ったそうだ。その理由について、TIME記事は以下のように分析している。

Normally, the FDIC would assess a special onetime fee to banks to raise the money it needs for its fund. But bank executives have been saying that any additional payments they have to make to the FDIC above their normal quarterly bill would force them to cut lending. Special assessments have to be recorded as a cost when they are paid to the FDIC, which reduce bank earnings and capital. It was a capital crunch that caused the financial crisis in the first place.

The FDIC's second option is to borrow money from the Treasury Department. This is well within the rules of the FDIC. The agency has a credit line with the Treasury to tap as much as $500 billion in emergency capital through the end of next year. But the FDIC is worried that if the agency, which has always been privately funded through bank assessments, borrowed money from the Treasury, it would look like a new bank bailout, eroding the sliver of confidence the public has regained in our nation's banking system in the past few months.
(拙訳)
通常、FDIC基金の資金の手当てのために、特別な一回きりの保険料を銀行から徴収する。しかし、銀行の役員たちは、FDICに四半期ごとに支払わなければならない通常の保険料にさらに上乗せされると、貸し出しを減らさざるを得ない、と言い続けてきた。特別徴収はFDICに払った段階で費用として記録する必要があり、利益と資本のマイナス要因になる。そもそも金融危機を引き起こしたのは貸し渋りだった。
FDICの2番目の選択肢は、財務省から借り入れることだ。これはFDICの規則に十分に則っている。FDICは緊急資本として、来年末まで財務省に5000億ドルのクレジットラインを持っている。しかしFDICは、これまで銀行からの保険料によって民間拠出基金としてやってきたのに、ここで財務省から借り入れを行なったら新たな銀行救済と見なされ、過去数ヶ月に一般から取り戻したわずかばかりの米国の銀行システムへの信頼を損なってしまうのではないか、と懸念している。


一方、実際に採用された第3の選択肢である預金保険料の前払いは、銀行の会計上は前払い費用として扱われるので、一度資産に計上し、四半期ごとに償却していけばよい。そのため、利益や資本へのマイナスの影響は通常時と変わらない。TIME記事によると、銀行側もこの方式を歓迎しているという。
ただ、記事を書いたTIMEの記者スティーブン・ガンデル(Stephen Gandel)は、このやり方を、専門家以外には良く分からない会計トリックだ、と批判している。彼はこのやり方を、スーパーで食料品を万引きをして、実際に食べる時に初めて代金を払うようなものだ、と評している。

また、これによって預金保険基金の赤字転落が避けられるわけでもない。というのは、銀行側で費用として一括計上されないことに対応して、基金側でも一括収入として扱うことができないからである。
それでも3年しのげれば良いが、今回得られる予定の450億ドルでも3年もたないのではないか、という悲観的な見方を紹介して記事は締めくくられている。


この記事を読んで、同じTIMEのジャスティン・フォックスは以下のような感想を漏らしている

I think they're mainly avoiding that Treasury credit line because they know that tapping it would mean lots of screeching on the media and on Capitol Hill, and probably a few unpleasant appearances before skeptical Congressional subcommittees for FDIC Chairman Sheila Bair. It would erode confidence in the current leadership of the FDIC, but I'm not sure that it follows that this would erode confidence in the banking system. I tend to think using accounting tricks to paper over a shortfall is more corrosive of the public confidence than tapping a danged credit line. But maybe that's just me.
(拙訳)
私が思うに、彼らが財務省のクレジットラインを避けているのは、それがメディアや議会でのけたたましい金切り声と、場合によっては疑り深い議会小委員会におけるシーラ・ベアFDIC総裁の好ましくない形での数回の登場を意味すると知っているからだ。それはFDICの今の指導力に対する信頼を損なうだろうが、銀行システムの信頼を損なうかまでは私には分からない。不足分を糊塗するために会計トリックを使うことの方が、忌むべきクレジットラインに手を伸ばすよりも、一般の信頼を損なうような気もする。そう考えるのは私だけかもしれないが。

以前、小生も「財務省からの借り入れを実際に実施するとなるとFDIC総裁の責任問題が出てくるのではないか、という気が個人的にはする」と書いたことがあったが、フォックスも同様の感想を抱いたわけだ。


また、The Big Pictureの9/28エントリでも、銀行業界は財務省からカネを借りたと思われたくないので、FDICが納税者のカネに頼ることは無い、と断言している(筆者はいつものバリー・リソルツではなく、ゲストブロガークリス・ワーレン[Chris Whalen])。なお、このエントリは、納税者のリスクを警告したジョナサン・ワイルのブルームバーグ記事(邦訳はこちら)への反論として書かれている。
ちなみにワーレンは、同エントリで、今回の危機での損失を3000-4000億ドルと見積もっている。その根拠は以下の通り。

  • 今回のケースでは、倒産した銀行の資産に対する損失率はおよそ25%。これは1980-1995年の期間における11%の2倍の数字である*1
  • 従って、全てのローンに対する損失率も1990年の2倍と見込まれる。IMFによると、それは4%となる。
  • FDICの保険対象行のローンとリースの合計は2009年第2四半期時点でおよそ7.7兆ドル。従って、IMF推計を適用すると、損失合計は3000億ドルとなる*2

*1:cf. 冒頭で触れたCalculated Riskエントリでは、2007年以降の倒産銀行126行の一覧も作成している。それによると、損失率の単純平均は29.2%。ただし、加重平均は9.2%に過ぎない。

*2:先のCalculated Riskの2007年以降の倒産銀行126行の損失合計は445億ドルなので、単純に解釈すると、損失額ベースでは、潰すべき銀行のまだ15%しか潰れていないことになる。