日本の鏡像としてのカナダ

Worthwhile Canadian InitiativeのStephen Gordonのこの4/5エントリが面白い。ここで彼は、2002年第1四半期から2008年第3四半期までのカナダの実質GDPの伸びを分解し、クルーグマンが示した日本のGDPの伸びの要因分解と対照させている(ただ、さすがにクルーグマンのようないい加減な図ではなく、GとIを独立して表示している)。日本とは逆に、カナダはこの間の純輸出の経済成長への寄与度がマイナスとなっている。


実は本当に面白いのはこのエントリ自体ではなく、ここからリンクが張られている3/11エントリである。そこでGordonは、この純輸出のマイナスの寄与が生じたメカニズムを分かりやすく説明している。以下にその説明を要約してみる。

  • カナダは一次産品輸出国なので、2002年以降の商品価格上昇の恩恵を被った。ビールとピザという2財モデルでその仕組みを説明してみる。
  • カナダがビール100缶を生産し、ビール一缶と交換にピザ一枚が手に入るものとする。また、カナダはピザを生産しないものとする。すると、カナダはビール50缶を輸出してピザ50枚を入手し、ビールとピザの50セットを消費することができる。
  • この状況を改善するには2つの方法がある。
    • ビールをもっと生産する。生産性を5割上げれば、ビールを50缶多く生産でき、うち25缶を輸出に回して、ビール・ピザ75セットを手に入れることができる。ここでビールの生産はGDPに、ビール・ピザ・セットはGDIに喩えることができる。消費者に取って重要なのは後者である。ただ、ビールとピザの交換比率が変わらない限り、どちらの尺度を使っても差は無い。今の例で言えば、GDPは100から150に、GDIは50から75に、いずれも50%伸びたことになる。
    • もう一つの方法は、何らかの理由によってビールのピザに対する価値が上昇し、ビール1缶で例えばピザ3枚を手に入れられるようになること。これはカナダにとって交易条件が200%改善することを意味し、ビール25缶でピザ75枚を入手できるようになる。従って、ビール生産が100缶のままでも、ビール・ピザ・セットが75消費できるようになる。この場合、GDPとGDIの区別は重要になる。GDPは変化していないが、GDIは50%増加したことになる。

そしてGordonは、実際に後者が起きていたことの証左として、カナダの交易条件が商品価格に連動していたこと、および実質ベースの輸入が輸出に比べ増えていたことを図で示している。また、GDIの伸びをGDPと交易条件に寄与度分解した図も示し、確かに交易条件がGDPの伸び以上にGDIを押し上げていたことを示している。


しかし、2008年第4四半期には、このカナダにとっておいしい状況は終わりを告げる。GDPはさほど落ち込まなかったものの、交易条件は悪化し、それとほぼ平行する形でGDIも落ち込んでいる。この四半期の状況は、ニュースで報じられているGDPの数字よりも実は悪かった、というのがGordonの見立てである。

その一方で彼は、この交易条件の悪化は一過性のもので、これ以上悪くなることはないだろう、とも述べている。それどころか、4/5エントリでは、中国の景気刺激策が成功すれば、商品価格もまた上昇に転じ*1、カナダの交易条件も改善して景気が回復するだろう、と楽観的な見通しを立てている。さらに、今や米国の経済よりも中国の経済を注視すべきかもしれない、カナダの景気回復にとって米国の景気回復は十分条件かもしれないがもはや必要条件ではない、とまで書いている。


このGordonのカナダ経済の描写は、日本経済のまったくの裏返し、鏡像と言って良いだろう。カナダが交易条件の改善とGDIのGDPに比べた上昇を謳歌した同じ時期に、日本は交易条件の悪化とGDIの落ち込みを経験した。資源価格の高騰が日本の純輸出増加の背景にあったことは、本ブログのこのエントリで既に論じたが、Gordonの喩えを使えば、この期間の日本は、輸入ビールの値段が高騰したため、輸出するピザの枚数を必死に増やし、とりあえず従前と同じビールの数を確保した、という図式になる。従って、数だけみればピザの輸入に比べビールの輸出が増えたことになるが、金額ベースではとんとんであったわけだ。そのことは下の実質ベースと名目ベースの輸出入の推移に良く現れている*2。こうした観点からも、この時期の日本経済を外需依存と称するのは、あまりに一面的な見方であることが分かる。


また、日本でのGDIとGDPの乖離――カナダとは逆方向の乖離――については、例えば昨年6月に既にこの記事この分析で報告されている。試しにGordonと同様の図を描いてみると、以下のようになる*3

2002年から2008年までの実質GDIの累積伸び率は4.3%で、うちGDP寄与度は8.5%、交易利得寄与度は-4.2%である。また、2008年第4四半期のGDP伸び率は周知の通り年率-12.1%だが、GDIは-5.0%であり、カナダとは逆に、GDIベースでは衝撃はGDPベースの半分以下に和らげられたことが分かる。


なお、交易利得の計算式については、ここここに説明があるが、大雑把には純輸出の名目と実質の差で近似できる(下図参照)。よって実質GDIは、実質GDPの純輸出を実質値から名目値に置き換えたものと見做すこともできる。従って、クルーグマンが輸出依存と断じた2003-2007年の日本においては、このエントリで示したように名目純輸出のGDP伸びへの寄与度は僅かなので、外需は実質GDIにはほとんど影響しなかったと言えるだろう。

*1:ここでGordonは、原油価格上昇についてのハミルトンの分析は商品にも当てはまるだろう、と述べている。

*2:ソースはここの四半期ベース、実額、季節調整済み系列。単位10億円。実質は2000年基準。

*3:ソースは上の実質系列に同じ。2001年第4四半期に対する伸び率を計算。