米国のIS不均衡・20年前との違い

Economist's viewのこのエントリで再びグローバル・インバランスの話題が取り上げられているのを読んでいて、ふと素朴な疑問を抱いた。

約20年前の日米摩擦華やかなりし頃も、日米の経常収支不均衡が話題になり、90年代にはそれを巡る小宮=クー論争もあった。その際に小宮隆太郎氏が主張したのは、日本の貿易黒字はそのまま資本輸出になっているので、米国経済、延いては世界経済のために役に立っているという「黒字有用論」だった。
その後、日本経済が不況の泥沼に沈んでもがき続ける一方で、米国経済は空前の繁栄を謳歌し、日米摩擦も自然と下火になっていった。その米国の繁栄については、あるいは小宮氏の言うとおり、日本からの資本輸出が一助になったという見方もできるかもしれない。

今回も、貿易黒字=資本輸出の主役が、日本の独り舞台から中国と日本をはじめとするアジア諸国の群像劇に代わっただけで、構図としては当時に良く似ている。しかし、今回の資本輸出は、有用と評価されるどころか*1、バブルを膨らませ経済危機をもたらした原因などと後ろ指を指されている。

この違いをもたらしたのは何だろうか? カネに色は無いので、前回日本から輸出した資本は薬だったが、今回アジアから輸出した資本には毒が含まれていた、ということはない。従って、資本輸入の側である米国の体質が変化し、前回は呑み込んで血肉化できた資本を、今回は呑み込めずに吐き戻してしまった、という描写が当てはまりそうだ。その体質変化をもたらしたのは、巷間良く指摘されるとおり、野放図な銀行規制によってリスクの高い杜撰な金融商品が蔓延るのを許し、その結果、投資の適正な配分を歪めてしまったことにあるだろう。


だが、そういう定性的な説明を超えて、マクロデータからもう少し何か言えないだろうか? そう思って、米国商務省の経済分析局の良く使われるデータのページからデータをダウンロードして描いてみたのが下のグラフである。

これは、純輸出(net exports)、財政収支(gov net lending)、個人消費(personal consumption)の3指標の対GDP比の推移を描いたものである(個人消費は右軸、逆目盛)。
この図を見ると、80年代には最大でも3%だった純輸出のマイナス幅が、今回は6%近くにまで達したことが分かる。一方で財政収支は、悪化したといっても、GDP比率では80年代から90年代初めにかけての最悪期に比べればまだましな水準にある。個人消費はほぼ一貫して比率を高めてきており、純輸出も、88-91年の縮小期を除くと、その個人消費比率の上昇に応じるかのようにマイナス幅を拡大してきている。これは、過剰消費がIS不均衡の原因、という通説に沿った結果になっている。


なお、財政収支と純輸出、および民間のISバランスの間には、以下の式のような関係がある。
   ( G-T )+( E-X )=S-I
     G:政府支出、T:税収、E:輸出、X:輸入、S:貯蓄、I:投資
従って、上図で使用した純輸出から財政収支を差し引く(=財政赤字を足す)ことにより、民間部門のISバランスを求めることができる。それを個人消費と合わせて描画すると、以下のようになる(ここでは右軸の個人消費は通常目盛とした)。

この図を見ると、民間のISバランスは、意外にも1996年までは貯蓄超過だったことが分かる。これは、それまで政府の赤字が経常赤字を上回っていたことから導かれる結果である。皮肉なことに、政府の収支が改善したことによって、民間のISバランスが悪化したわけである。


上記の結果を、別の統計で確認してみたのが下の2つのグラフである(この2つのグラフの描画に当たっては、冒頭で紹介したEconomist's viewエントリのコメントで知ったセントルイス連銀のHPでのグラフツールを使用してみた。系列同士の演算はできないので、あくまでもセントルイス連銀側で用意した系列の表示となる)。
まず、貯蓄率、経常収支、政府純貯蓄を描画してみた(リンクはこちら)。

これを見ると、やはり1996年頃に財政赤字と経常赤字の逆転が起きていることが分かる。


さらに、直接、民間の貯蓄と投資の系列を描いてみたのがこちら(リンク)。

この図からも、民間の貯蓄は実は96年までは投資を上回っており、その後投資超過に転じたことが読み取れる。


つまり、20年前は民間部門は貯蓄超過だったので、財政赤字と経常赤字という世に言う“双子の赤字”を抱えても米国経済が破綻することは無かった。因果関係はともかく、結果的には、経常赤字=資本黒字が財政赤字の一部をファイナンスし、残りの財政赤字を民間が貯蓄超過分でファイナンスする格好になっていたわけだ。
それに対し、今回は、財政赤字が縮小した一方で、民間はそれ以上に貯蓄を減らして純輸入を増やし続け、ついには投資超過に転じてしまった。その結果、今度は、経常赤字=資本黒字が財政赤字を全部ファイナンスした上で、さらに民間の貯蓄不足分までファイナンスする格好になっていた。その状態に無理があったので、破綻を来たしたわけだ。
現在のオバマ政権の財政政策は、この関係を元の状態に戻そうとしている、即ち、経常赤字を上回る水準まで財政赤字を拡大しようとしている、という見方もできるだろう。ひょっとすると、米国経済、そして世界経済の安定には、米国の財政赤字というのは実は常に必要不可欠の存在なのかもしれない。

*1:まあ、バブルが破裂してこういう事態に陥らなければまた黒字有用論も出てきていたのかもしれないが…。