レーガンは何を変えたのか、もしくは変えなかったのか?

24日エントリで紹介したクルーグマンとマンキューのやり取りにおけるマンキューの以下の言葉に、EconospeakのProGrowthLiberal(pgl)が反応した

ここで検証されている帰無仮説は、レーガンの政策が歳入の伸びに有意な影響を与えた、というものだ。しかしその帰無仮説の信者の中に、カーター政権の最後の2年がレーガン時代の一部だと言う人がいるのかね? その2年間の政策こそまさにレーガンがひっくり返そうとしていたものでは無かったのかね?


pglは、おそらくこの時の最も大きなマクロ経済的変化は、1950〜70年代の健全な財政から1980年代の無責任財政への転換ではないか、と述べている。具体的には、これ以前は国の純貯蓄はNNPの10%程度だったのに、1980年代にそれが半分にまで低下した、という数字を彼は挙げている。そして、マンキュー経済学の初版では、こうした純貯蓄の減少が実質金利を上昇させて民間投資をクラウドアウトしたことがきちんと書かれていたはずだ、と当のマンキューの著作を引き合いに出し、そのせいで経済成長率は3.5%から3%にまで低下したし、このことはラッファーカーブの愚かしさを例証するものだ、と主張している。


このエントリに対し、JW Masonというコメンターが以下のケインズの言葉を引用して猛然と反論した。

The investment market can become congested through shortage of cash. It can never become congested through shortage of saving.*1
(拙訳)
投資市場は資金の不足によって制約を受けることがある。しかし貯蓄の不足によって制約を受けることは決してない。


Masonによれば、そもそも基礎的収支を見てみると、1954-1980年はGDPの0.1%の黒字であり、1981-2007年は0.02%の赤字であった。つまり両者の差はGDPの1%の1/10程度であったに過ぎず、無責任財政への転換というのは想像の産物である、とpglの主張を斬って捨てている。


その上で、後者の期間で財政全体が赤字に陥ったのは実質金利が高かったためである、とMasonは指摘する。ケインズが言うように金利はあくまでも貯蓄の対価ではなく流動性の対価なので、慣習によって定まる。ただしこの慣習は中央銀行が十分に固執すれば変えられるものである。従って、この変化はレーガンではなくボルカーのせいである、とMasonは述べている*2。そして、一定量の貯蓄が政府によって使い尽くされるというのは経済学を知らない人たちの言だ、とpglとマンキューの教科書とをまとめて批判している。


このMasonの批判に対し、別のコメンター(Ken Houghton)が、歳入(FYFR (Fed Revenues))から歳出(FYONET (Fed Net Outlays))を差し引いた値の対GDP比を見ると、最初の期間では-1.20%なのに対し、2番目の期間ではその倍以上(-2.55%)になる、しかも後者でクリントンが赤字を削減した4年間を除外すると-3.28%にも達する、と反論している。


これに対しMasonは、自分は全体の財政収支ではなく基礎的収支を見ているのだ、と再反論し、セントルイス連銀のFREDで(TGDEF+FYOINT/1000)/GDPを見るように促している。


実際にHoughton、Mason両者の指標をFREDで描画してみると以下のようになる。

青線がMasonの基礎的財政収支、赤線がHoughtonの財政収支である*3

これを見ると、赤線は確かに1980年代以降にゼロからの下方乖離が大きくなっているが、青線はそうでもない。このことは、レーガン時代の財政赤字は高金利のせいだったことを示している、というのがMasonの指摘である。

*1:出典は1937年の論文「Ex-Ante" Theory of the Rate of Interest」。ネット上ではここで読める。この後には「This is the most fundamental of my conclusions within this field.(これはこの研究における私の結論の最も基礎的な話である)」という言葉が続いている。

*2:Masonはまた、こうした消費者行動の変化に関する有用な議論としてこの論文を挙げている。

*3:なお、MasonはNIPAの政府純貯蓄から財政データの利子支払い分を控除しているので、試しにHoughtonが用いている財政データで利子支払い分を控除してみたのが緑線である(注:FYFR−FYONET=FYFSDが成立しているので、ここではFYFSDを使用)。近年では青線と緑線の一致度が高まっていることが分かる。