ピネー国債

与党が検討を始めたという相続税のかからない無利子非課税国債が話題になっている。個人的にはどう考えれば良いのかまだ整理がつかないが、Baatarismさんのところのコメント欄の指摘によると、相続税非課税という点では、フランスのピネー国債なる前例があるらしい。そこで、この国債について少し調べてみた。


まず「ピネー国債」でぐぐってみてトップに来たのがこれ。ここでは、以下のような説明が引用されている。

富田俊基「日本国債の研究」(東洋経済新報 2001/07/26)には、無利子国債相続税減免について詳しく記載されている。「国がアングラマネーを容認することになってしまう。また国債利払い費が削減できるとしても、それ以上に相続税が減少することになる。なぜなら、無税国債を購入しようとする人は、自らの相続税の軽減分と受取利子の減少を比較するからである。そして、相続後に無税国債を売り他の資産に戻すことになると、国債の消化促進にも寄与しないことになる。フランスでは、一九五二年にインドシナ戦費調達のために、また五八年にアルジェリア動乱時のフランス防衛のために、相続税非課税の国債(ピネー国債、金価格リンク国債)を発行した。しかし、相続の寸前に財産をピネー国債に替え、相続後にピネー国債を売却して他の資産を購入する行動が横行した。このため結局、七三年にピネー国債は、相続税非課税の特典が無いジスカール・ピネー債に強制借り換えされ、廃止された。」

Baatarismさんもコメント欄で産経記事のピネー国債解説を引用されているが、その元ネタはこれと同じ富田氏記事かもしれない。


あと、こんなものも引っ掛かった。

○宮澤国務大臣 ポール・クルーグマンでありますとか、せんだってフィナンシャル・タイムズが掲げました社説などを見ますと、考え方は、今並木委員がちょっと御紹介されましたように、日本がどうやってデフレから脱却するかという方法は、政府の財政赤字を要するに通貨増発でカバーすればいいのである、その方法は日銀がすぐ国債を引き受ければすぐそうなる、通貨増発すれば、何と申しますか、デフレでなくなるであろうし、為替も円が安くなる、こういう話なんでございます。
 しかし、私は、デフレというものが直っていくとすれば、それだけ国民の消費がふえて、そして在庫が減って、やがては生産に結ぶ、そういう道が本来の道であって、お札を少したくさん出したから全体インフレになって、みんなが物を買ってといったような、大きな経済ではそんなわけにはいかないだろうと私は考えております。
○並木委員 きょうは日銀の方、いらっしゃっていないですね。では結構です。ちょっと通告のあれが違ったのかと思いますけれども。
 日銀の方でも十二日に政策委員会が開かれると。その前に、これはいいか悪いかわかりませんけれども、総裁初め日銀は現在引き受けしないというようなことをおっしゃられているようで、十二日の政策委員会でもそう決まるのじゃないか。中央銀行の独立性という点から見ても、日銀の判断というのをひとつ我々は尊重しようかなというふうに思っております。
 その辺については、きょうはおいでにならないということなので結構ですけれども、国債の引き受けということで、これは一案であるわけですけれども、だんだん引き受け手が少なくなるというようなことからすると、相続税を免除する、減免する、こういう無利子国債を発行したらどうかなと。相続税対策で苦慮されている資産家層というのもいらっしゃると思うんですけれども、その辺に国債を引き受けてもらうというようなことを検討されてはいかがかというような案も、これはある意味で素人意見かもしれませんけれども、持っているんですけれども、大臣、この辺はいかがでしょうか。
○尾原政府委員 ただいま、相続税の減免を伴う無利子国債を発行してみてはどうかというお話がございました。
 しかし、よく考えてみますと、確かに利払い費といった形での一般会計の負担は減るわけですけれども、その分、相続税収の減という形で負担のつけかえを図ることになるわけでございます。しかも、それではどういう方がこの無利子国債を買うかといいますと、利払い費で減る利益よりも相続税負担でまける額の方が多いという方が選べることになりますので、実は、財政負担の軽減額を、国債で減少しようという、それを上回る税収減となりまして、かえって財政再建に反するのではないかという問題もあろうかと思います。
 また、税制面からいたしますと、ごく一部の人のみを優遇する税制になりはしないかという点も忘れられない点かと思います。
 そういうことからいたしますと、この無利子国債を発行することは適当でないだろうというふうに思っているわけでございます。
 なお、実はフランスで、ピネーという大蔵大臣でございますが、そのときに二回このような国債が発行されたことを承知しております。一回はちょうどインドシナ戦争、二回目がアルジェリア動乱というふうに承知しておりますが、今申し上げましたように、購入するのが高所得者に限られまして、国民の間で不公平との不満が高まりまして、結局、強制借りかえをせざるを得なかったというようなこともございます。
 したがいまして、フランスでもその後このような国債は発行されていないわけでございます。
○並木委員 メリット、デメリットというのはあろうかと思います。メリットがなければ無利子国債を引き受ける人もいないというようなことかとも思いますけれども、また、今の不公平感というのもわかったわけですけれども、あちら立てればこちら立たずというのが財政の苦しい事情、よくそれもまたわかりました。ただ、いろいろな案をこれから考えていく必要があるのじゃないか、これについては我々ももっと勉強させていただきたいと思いますけれども、次に移りたいと思います。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/145/0006/14502090006004a.html

ちょうど10年前にも今と似たような議論があったわけだ(…当時の宮澤蔵相がクルーグマンに言及していたのが面白かったので、前段部分を少し長めに引用した)。


次いで、「Pinay Bond」でぐぐってみると、ピネー国債発行当時のTIMEの記事(1952/6/9付け)が検索のトップに来た。その記事によると、一番の目的はフランス人が貯め込んだ金(なかんずくナポレオン金貨)を吐き出させることにあったらしい。

The French take pride in the artistic appearance of their paper money, but the only French currency that has their unswerving faith is a little gold coin about the size of a U.S. nickel. The napoleon (named for the ruler who first issued it) has a nominal value of 20 francs, or less than a cent. On France's free money market, it brings 4,000 francs ($11.40). But the visitor to France is not likely to pick up many napoleons. The thrifty, inflation-wise French keep their gold—an estimated $5 billion worth—hidden away in socks, sugar bowls and mattresses.

Successive French Finance Ministers have despaired over the problem of getting at these private gold hoards. But last week Premier Antoine Pinay, a shrewd businessman, thought he had found the way. He announced a new government bond, the value of which would be tied to the price of the gold napoleon. As the free market price of the napoleon goes up, so will the price of Pinay's bond: unlike the napoleon, the bond will also pay 3½% interest. Since every Frenchman knows that the government can bring the market price of napoleons down by minting more of them, Pinay's bonds got another guaranty: the government will buy them back any time at the price, in francs, at which they were purchased. The tax-wary French were also assured that they may hold the bonds anonymously, thus transfer them at death without the inheritance tax collector hearing of it.

Foreign News: Gold-Edged Security - TIME

これによると、ピネー国債は無利子ではなく、3.5%の付利がなされていたとのこと。


また、検索で2番目に来た1952/8/4付けのTIME記事によると、実際に34トンの金が吐き出されたという。

Since World War II, weak French governments have flooded the Fourth Republic with fancy-looking banknotes which the public no longer trusts, and which steadily lose value. Result: an estimated $4 billion worth of gold has disappeared from circulation, mostly into the stockings of wary French peasants.

To coax this gold out of hiding, Premier Antoine Pinay launched a savings-bond drive. He gave the French a choice between buying his gold-backed bonds or paying increased taxes (TIME, April 21). Last week the bond drive was over, and Pinay pronounced it a "healthy operation." French hoarders turned in 34 tons of gold, valued at $42 million. In all, $557 million came from what the government calls "fresh money," i.e., cash and gold not previously invested in bonds.

The final $666 million came from investors cannily reconverting other bonds to the new Pinay bonds, which are not only gold-backed but in some cases pay higher interest. The drive was a measured success for France's commonsensible Premier: though France is not yet out of the woods, it seems to be on the right path.

FRANCE: Political Courage - TIME


さらに、この本(のgoogleプレビュー)も検索で引っ掛かったが、これによると、「Gold that pays interest(利息付きの金)」というのがピネー国債のキャッチコピーだったとの由。
なお、同書では、ピネー国債のその後についても記述されているようだ。プレビューで見られる範囲では、1976年のジャマイカ合意後の金価格高騰によって後身のジスカール国債の利払いと償還にフランス政府が苦労したことが書かれており、著者は

The two key mistakes of the 1950s-1970s were distortive taxes and indexation on a varaible that could bear little relation to French tax revenues.

という厳しい評価を下している。