クルーグマンとコーエンの財政刺激論争

クルーグマンとタイラー・コーエンの間に、財政刺激の効果を巡って軽い論争があった。ただ、論点は、これまでお馴染みの財政刺激vs減税ではなく、恒久的な財政刺激と一時的な財政刺激のどちらが効果があるか、という点である。


最初にクルーグマンが、フリードマン恒常所得仮説に基づき、以下のような議論を展開した*1
一時的に100億ドルを支出し、その後、たとえば年5億ドルの増税でこれを賄った場合、消費がその増税分に対応して落ち込んだとしても、初年度の財政刺激効果は95億ドルになる(下図参照)。

それに対し、恒久的に100億ドルを財政支出することにすると、消費は初年度から100億ドル落ち込むので、初年度の効果はゼロとなる。

従って、一時的な財政支出の方が恒久的な財政支出より効果がある、というのがクルーグマンの主張である。


それに対し、タイラー・コーエンがAiyagari, Christiano, and Eichenbaumの論文を引いて反論したところ、クルーグマンは、そうしたリアル・ビジネス・サイクルのモデルは今は関係ない、と撥ね付けた。

コーエンがさらに資産効果を持ち出して食い下がると、クルーグマンは、そうした効果も今は議論の対象ではない、と再び撥ね付けた。

これについて、コーエンは、完全に政府支出が(消費を)クラウドアウトすると限らないのでは、と反論し(イメージ的には下の図のような感じか)、今のところ議論はそこで終わっている。


二人の議論が根本的に噛み合っていないのは、クルーグマンがあくまでも初年度の効果を問題にしているのに対し、コーエンが将来全体にわたる効果を考えている点にあるように思われる。また、クルーグマンが2次効果以降を捨象した単純なモデル(というよりほとんど単純計算)で考えているのに対し*2、コーエンが(経済学者らしく)どうしてもそういった派生効果や一般均衡を考えてしまうのも、二人の議論が行き違っている要因だろう。
クルーグマンは最後のエントリで「I don’t know how a trained economist can make something this simple so complicated …」と嘆いたが、「trained economist」だからこそ話を複雑にしたものと思われる。

*1:実はこの議論は、クルーグマンここで紹介したEconospeakのPGL氏の議論をそのまま引っ張ってきている。

*2:最初のエントリで「I’m not considering the effect of the spending in raising income, which would probably cause consumer demand to rise rather than fall.」と書いている。