減税は是か非か?

景気刺激策のうち、公共投資と減税のどちらが有効か、という論点について、クルーグマンらの公共投資派と、マンキューらの減税派の対立が鮮明になってきている。


クルーグマンは、1/6のブログエントリで、公共投資乗数効果が1.5程度なのに対し、雇用税減税の乗数効果は1.29であり、企業減税の効果はもっと小さい、というムーディーズ分析結果を引用し、公共投資の効果を強調している。それを踏まえ、1/9のop-edコラムと続く1/12のop-edコラムでは、オバマプランで7750億ドルのうち公共投資が60%しか無いことを問題視し、1500億ドルの雇用税減税は選挙公約なので仕方ないとしても、1500億ドルの企業減税は取り止めて、失業給付やメディケアや社会保障費に振り向けるべき、と提言している。


さらに、1/13のブログエントリでは、公共投資で増加したGDPのうち税金納付により国庫に返ってくる分を考えると、乗数効果はもっと大きいのではないか、という試算を示している。その試算によると、通常は公共投資乗数効果は1/{1-c(1-t)}とされるが*1、税金のキックバックを考えると 1/{(1-c)(1-t)} になるのでは、とのことである*2。c=0.5, t=1/3とすると、通常の乗数は1.5だが、この乗数は3になる。
一方、減税の乗数を考えてみると、通常はc/{1-c(1-t)}なので0.75であり、公共投資の通常の乗数の半分である。しかし、上と同様に税金納付を考慮すると、乗数は1となるので*3公共投資の対応する乗数の3分の1になり、差は広がることになる。


なお、クルーグマン以外では、スティグリッツも、国の借金を増やすだけ、と減税に反対の声を上げている。


一方の公共投資反対派・減税賛成派であるが、その中心はやはりマンキューと言って良いだろう。彼は、そもそもはここに書いたように、リフレ的金融政策を推奨していたはずだが、オバマ政権がいよいよ誕生に近づいたせいか、このところは公共投資に比べた減税の乗数効果の高さをアピールするのに大わらわとなっている。
まず、10日のブログエントリで、オバマ次期政権のクリスティーナ・ローマーとジャレッド・バーンスタインによるレポート――公共投資の乗数(1.57)が減税の乗数(0.99)より高いと報告した――に対し、クリスティーナ・ローマー自身がかつて夫のデヴィッド・ローマーと共著した論文――減税の乗数を3と推計した――を持ち出して反駁している。また、翌11日のNYTでも、同様の主旨のコラム記事を書いている。
さらに、そのNYT記事に噛み付いたブログ記事に対し、普段はこうしたブロガーを余り相手にしないのだが、と前置きしつつ反論している。論点は、ローマー夫妻論文で対象とした外生的な減税に関する分析結果を、今回の不況対策としての減税にも当てはめて良いか、というもので、マンキューは、彼らが外生的減税を扱ったのは純粋な効果を抽出するための手法であり、医療現場のランダムサンプルによる治療効果測定と同じこと、と述べている。対するブロガーのネイト・シルバー氏は、マンキューは、クリスティーナ・ローマー自身よりもローマー夫妻論文について理解しているつもりか、もしくは、クリスティーナ・ローマーが不正直だと事実上非難しているかのどちらかだ、と再反論している


マンキューは、さらに、ゲーリー・ベッカーの公共投資への疑問をここここで紹介したり、VAR(Value at Riskではなくvector autoregression)により減税の乗数を5と推計した論文を紹介したり、と公共投資反対論者の論説を矢継ぎ早にブログで取り上げている。ただ、その中には例のファーマブログも混じっていたりしたので、クルーグマンが以下のように皮肉った(=今年第一弾の「コント:ポール君とグレッグ君」)。

ポール君
一流経済学者が揃って財政刺激策についてとても真面目とは思えない反対論をぶっているのを見ると、どうなっているのか、と思うね。ジョン・テイラーは論理的問題を無視して一時的ショックに恒久減税で対応しようとしているし(cf.ここ)、ジョン・コクランはアンドリュー・メロン流の清算主義を標榜しているし(cf.ここ)、ユージン・ファーマはとうに葬り去られた財務省見解大蔵省見解*4(Treasury View)を再発明しているし、ゲーリー・ベッカーは金融政策がゼロ金利に達したのを知らないみたいだし。そしてグレッグ君も…てか、グレッグ君が何を信じているのかよく分からないんだけども。彼は財政刺激策反対論に――その反対論の質に関係なしに――片っ端からリンクするリンク厨になったみたいね。

これにはさすがにマンキューもむっとしたようで、以下のように反応している。

グレッグ君
一つはっきりさせておこうか。僕がこのブログで他の経済学者にリンクする時は、その人の議論を聞いて考える価値があると思うからで、必ずしも賛成しているからじゃないよ。僕にはすべての記事についてレフェリー・サービスを務めている時間が(場合によっては専門知識も)あるわけじゃないからね。だから、僕が「教授Xのこういう記事がある」と書いた時は、「教授Xのこういう記事がある」という意味で、「教授Xのこういう記事があり、僕は彼の言うことにすべて賛成する」という意味じゃないんだ。


これに対しMark Thomaが、記事に同意できない箇所があるならば反対意見を書き添えるのは数秒で済むだろう、と批判している。
(ただ、あまりいじめると、意外に神経質なグレッグ君はブログを閉鎖してしまうかもしれないので[過去にいきなりコメント欄を閉鎖したことがあった。その後トラックバックを受け付けていた時期があったが、それも最近消えた]、皆さんお手柔らかに…。)


マンキューや上記で名前が挙がった経済学者以外では、タイラー・コーエンが(ここの注記で紹介したように)1/5のブログエントリで、クルーグマンとは逆に、オバマプランのうち40%が減税に回ったのは良いニュース、と歓迎している。また、1/16エントリでは、貯蓄に回るのが需要不足に必ずしもつながるわけではない、と減税を再び擁護している。

*1:cf.ここ。ただし今回はmは無視。

*2:Y-tY = C0 + c(Y-tY) +(G-tY)より(民間投資と輸出入は省略)、Y= {C0+(G-tY)} / {(1-c) (1-t)}
[別解]
\frac{\frac{1}{1-c(1-t)}}{1-\frac{t}{1-c(1-t)}}=\frac{1}{1-c(1-t)-t}=\frac{1}{(1-c)(1-t)}

*3:
\frac{\frac{c}{1-c(1-t)}}{1-\frac{ct}{1-c(1-t)}}=\frac{c}{1-c(1-t)-ct}=\frac{c}{1-c}
にc=0.5を代入すると1になる。

*4:[2/1追記]okemosさんのエントリで、ここは財務省見解ではなく大蔵省見解と訳すべきことを知った。