FRB同士の決闘

田中秀臣さんやHicksianさんも取り上げたミネアポリスFRB論文に対し、当のFRBの別の地区連銀が反論している(Economist's View経由)。

ミネアポリス連銀は、貸し渋りに関する4つの通念を槍玉に上げ、それらが「神話」である、としたのに対し、ボストン連銀はそれらは神話ではなく事実である、としている。
以下に、両者の議論をまとめてみる。

神話1 一般事業会社と個人向けの貸出が大きく低下した。

ミネアポリス連銀
統計を見ると、そのようなことは起きていない。
ボストン連銀
ミネアポリス連銀が見ている集計データだけでは、その中で何が起きているか分からない。
金融危機の際、銀行のバランスシートは以下の理由により膨れ上がる*1
 1.ローンの証券化が難しくなるので、バランスシートに乗るローンが増える。
 2.資金難に直面した企業が融資枠いっぱいまで借り入れを増やす*2
実際、データを見ると、担保証券の発行額は減っているし、コミットメントラインの使用率はS&L危機時の水準まで増えている。後者は、裏を返せば、新規貸出が減っているということ。
さらに、量だけでなく価格面からも見るべき。GSE基準に沿ったモーゲージと、その基準を超えたジャンボ・モーゲージ金利スプレッドは拡大している。

神話2 インターバンク市場は崩壊した。

ミネアポリス連銀
インターバンクローンの数値を見ると、水準は以前と変わっていない。
ボストン連銀
やはり内訳を見ないとなんとも言えない。国債担保のレポの割合が大きくなった、という話も聞くので。また、インターバンク市場がうまく機能しているなら、銀行が高い機会費用を払って現金保有を増やしていることの説明がつかない。さらに、短期間で変化しにくい量よりやはり価格を見るべき(LIBORは跳ね上がった)。

神話3 一般事業会社のCPの発行高は急減し、その金利も未曾有の水準に上昇した。

ミネアポリス連銀
金融機関のCPは影響を受けたが、非金融会社のAA格付けのCPは影響を受けていない。
ボストン連銀
A2/P2格付けのCPやABCP(Asset backed Commercial Paper)が影響を受けたのだから、神話だった、とまでは言えないだろう。ABCPはリスク上昇を反映して期間が短くなっており、リーマン破綻直後は9割がオーバーナイトものだった。さらに、CPが発行できなくなった会社がいたとも考えられるので、データに表れない影響もあっただろう。

神話4 銀行は貯蓄と資金借り手の間をつなぐ重要な役割を担っている。

ミネアポリス連銀
2008年第2四半期では、銀行の一般事業会社への貸出は約1兆ドル。一方、生保などの機関投資家や家計が保有している社債の額は約4.4兆ドル。つまり資金調達の約80%が銀行外。なお、このところ銀行預金は増えており、金融機関のCPが減ったのを補う形になっている。
ボストン連銀
この点については同意。流動性危機の時に銀行に預金が流れ込み、銀行がそれを流動性リスク回避に使う、という研究も報告されている。しかし、小企業や家計の資本市場へのアクセスは限られており、依然として銀行に多くを頼っている。8月には消費者信用が3.7%減少した。また、20−80という比率が固定的なものだという保証もない。80%の直接市場に問題が生じた時、増えた預金をもとに銀行が一般企業向けの貸出を増やして補えば良いが、上述の通り銀行が現金を溜め込んでいることを考えると、期待薄のようだ。

*1:ここで言及されている以外にも、本ブログのこのエントリで触れた要因もあり得るだろう。つまり、危機で窮した銀行がいちかばちかの貸出を増やす、という要因である。今の状況でそれがどれだけ生じているかは外からは分からないが、もし起きていたらこれからが貸し渋りの本番、ということになる。

*2:これについてはミネアポリス論文もその可能性を指摘していた。