世間というもの

麻生首相のホテルのバー通いが問題になっている。同じ麻生でもザリガニ食っていた人とは偉い違いだな、というのはともかく、それに対する世間やメディアの反発と、その反発の低次元さを嘆くブロガー、という構図が個人的には興味深い。
その構図は、妊婦がいったん受け入れを断られた墨東病院の問題(最終的には受け入れたが、妊婦は結局脳内出血で死亡)でも繰り返されている。
個人的に不思議なのは、そうした世間やメディアの無理解に基づく批判ではなく、その無理解を大仰に嘆いて溜息をつき、これだから日本は…的な論調を繰り返すブロガーの存在にある。いや、だって、そんなもんでしょ、世間って。なぜそれにいちいち驚くの?
経済学においても、合理的経済人の限界が叫ばれ、感情や非合理性を取り込む必要が訴えられて久しいのに、実世界が合理的でない、ということを飽きもせず嘆く、というのが心底不思議でならない。


彼/彼女らは、これだから日本は…と言うが、たとえば米国でも、選挙の中傷合戦やら安楽死の問題やら進化論の問題やらを見れば、そんなに世間のレベルが違うようには思われない。むしろ宗教が絡んでくるだけ向こうの方が厄介かもしれない。


世間より狭い会社の中を例にとっても、同じ職場の隣接した分野なのに、お互いの職務内容に対して驚くほど無理解なことは珍しくない。また、社内の重要な伝達事項として、役職者会議、全体会議、部分会議といった重層的な会議の場で繰り返し通達された話が、相手の頭にまったく入っていなくて、それを前提として進めた話が噛み合わなくなることは良くある。つまり、What we've got here is a failure to communicateというのは日常茶飯事である*1
また、何か問題が発生すれば、まず担当部署に矛先が向けられるのも世の常である。その際、担当部署がいかに人手不足であったかを訴えても、(多少情状酌量は得られるかもしれないが)もし不手際があれば、最終的な責任は免れ得ない。場合によっては、人手を吸い上げてその人手不足の原因となった部署から責められることさえある。そうした場合は、お前に言われたくない、と当然反論もするし、少しは相手の靴を履いて歩き回れ*2とも言いたくなるが、かといって最終責任の在り処が変わるわけでもない。
もちろん、特段の落ち度が無く、不可抗力に近い場合は、その旨説明し、理解を得るように努める。ただ、その際、相手が知らないことを自分が知っているのを賢しらに、居丈高に自分に責任が無いこと説明しても、逆切れしていると見做され、感情的なしこりをもたらして周囲の理解を得るのが却って難しくなるだろう。
このような職場での普段の経験からすると*3、世間が様々な問題に無理解な反応をするのは(良いことだとは思わないにせよ)ごく普通のことに思える。それに、私自身、まったくそうした反応をしないという自信もない。


だから、こうした問題については、徒らに世間の反応を指弾するのではなく(それは海に向かって石を投げるのと同じくらい徒労に終わる可能性が高い)、そうした反応を前提として、物事を考えるのが、いわゆる経済学的思考になるのではないか、と思う。
麻生首相の場合で言えば、そうした世間の反発から蒙る損失*4と、バーでの会合を継続することにより得られる利益を秤にかけて(=費用便益分析をして)、今後続けるのが得か損か決めることになろう。
救急病院の場合は、不足しているリソースとそれを解消する手段、およびその実現可能性を具体的に提示してもらわなければ、議論は先に進まないだろう。それ抜きで、こんなことが起きるとはけしからん、いやリソース不足だから仕方無いんだ、それを理解しないお前はバカだ、と、お互いなけなしの知識を元に居丈高に感情論をぶつけあっても、水掛け論に終わるだけだろう*5
もちろん、いずれについても、一次情報を持つ当事者が動かないことにはどうしようもないわけであるが…。


最後にこの小説からの引用で締めくくる。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

夏目漱石 草枕

*1:そうしたコミュニケーションの問題が常にあるからこそ、ここで紹介されたようなその問題から生じるとんちんかんな仮想事例が広く共感を集めるのだろう。個人的には、そうした問題にぶち当たる時、アシモフ第二ファウンデーションの住人について描いたようなコミュニケーション手段があれば良いのに、と本当に願う。

*2:アラバマ物語有名な台詞

*3:あるいは、そうしたブロガーは我々(少なくとも私)に比べよほど素晴らしい職場に勤めているのだろうか? コミュニケーション不足や相互理解の不足から発生する摩擦が存在しない職場環境にいる人からすると、世間一般の反応がいくら批判しても飽き足らない異常なことに思えるのかもしれない(…そうした恵まれた環境がこの世に実在するとは俄かには信じ難いが…)。

*4:記者会見でキレた分も差し引く必要があろう。

*5:まあ、そうした罵り合いでも、リソース不足の問題に関する認識を広めるには役立つかもしれない。だが、効果的な方法と言えるかは疑問だし、ましてや事態解決の進展に直接つながるわけではない。また、素人が口出しするな、前線の苦労も知らずに余計な口出しをする輩は成敗してくれる、と言わんばかりの一部の物言いは、戦前の軍部を連想させなくもない。