昨日のエントリで予告した通り、今日はクルーグマンのこの小論の数値例部分を少し整理してみる。
資本注入前のバランスシート
まずは、例題となった銀行のバランスシート(資本注入前)を図示してみる。ただし、簿価ベースと時価ベースの2通りあり得るので、両方描いてみる。
優先株による資本注入後のバランスシート
次に、優先株で資本注入した後のバランスシートを示す。クルーグマンは、資本注入した50億円が国債購入に使われることを前提している。なお、本来は優先株も自己資本の内訳項目だが、ここでは分かりやすくするため両者を区別して描いた。
優先株による資本注入後(簿価ベース)
普通株による資本注入後のバランスシート
最後に、優先株の代わりに普通株で資本注入した後のバランスシートを示す。クルーグマンは明記していないが、注入後の政府と従来株主の持分が5:5になるためには、政府は50億円を注入する(優先株の場合と同様、時価は半分の25億円になる)以外に、従来株主から12.5億円(簿価ベースでは25億円;ここでは既発行普通株の時価ベースによる洗い替えを想定していない)分の株式を購入する必要がある*1。
普通株による資本注入後(簿価ベース)
普通株による資本注入後(時価ベース)
クルーグマンは、この時の既存株主持分の時価が37.5億円と50億円より減るので、政府の普通株購入が優先株購入より彼らにとって不利、という書き方をしている。しかし、上述の通り、この数値例では政府が12.5億円分を既存株主から買い取ることが前提にされているので、その表現は不正確である(かつ、モジリアニ・ミラーの定理に反する)*2。普通株注入後の既存株主の持分は、株式が時価37.5億円、キャッシュが12.5億円の計50億円で、資本注入が無かった時、もしくは優先株注入後の持分の時価と同じである。
持分時価に差が生じるのは、銀行が立ち直って資産価格が下落する恐れが無くなってからである。その場合、上の簿価ベースのバランスシートがそのまま時価ベースのバランスシートになり、既存株主の持分の時価は75億円となる。これと政府への売却代金12.5億円と合わせても87.5億円で、資本注入が無かった、もしくは優先株で注入された後に立ち直った場合の持分時価100億円より少なくなる。この差は、持分の一部(25%)を政府に底値で売らざるを得なかったために生じる。
だが、その売却代金12.5億円を然るべく運用していれば然るべき収益を得られたはずなので(そして、CAPMによれば、そのリスク調整後リターンは銀行株を持ち続けた場合と同じはずである――何となれば、CAPMによれば、すべての金融資産のリスク調整後リターンは等しい)、この比較により、普通株による政府の資本注入の方が優先株や注入しない場合に比べ既存株主に取って不利、と言うのはやはり正しくない。
つまり、クルーグマンのこの数値例だけからは、政府の資本注入が既存株主に悪影響を与える、だから彼らは嫌がる、よって強制注入しかない、という論理は成立しない。となると、昨日のエントリに書いた、資本注入ではマンキューのいわゆる「トニー・ソプラノ・アプローチ」が必要、という結論も変わってくる。
ただ、通常こうしたケースでは、既存株主にも責任を取ってもらうということで減資したりするので(こうした「条件付き資本注入」についてはクルーグマンも小論の中で[数値例とは別に]軽く触れている)、その面で嫌がる、ということはあるかもしれない。あと良く言われるのは、自行だけ政府の資本注入を受けると、却って危ないのではないかという風評が立ってしまうことを嫌がる、ということもあろう。
# リクスバンク賞を取った直後なのに、タイミング悪く揚げ足取りのエントリになってしまった…。