クルーグマン on 資本注入 in 1998

たまたまクルーグマンが昔書いたものを見直していて、これを見つけた。ちょうど10年前に、当時の日本政府の銀行への資本注入案について書かれたものである。
読み直してみると(数値例があるので却って読みづらくなっている気もするが*1)、要は、

  • 資本注入は銀行に歓迎されないので、強制的に行なう必要がある。
  • 資本注入は貸し渋り対策には役に立たない。むしろ悪化させる恐れがある。

ということを主張している。


この結論を昨今の米国(および欧州)の状況に当てはめて考えてみると興味深い。


昨日のエントリでマンキューの資本注入案について書いたが、上記の1番目のポイントから考えると、政府がマンキューが提案しているように呼び込み屋兼共同出資者を演じるだけでは、“役不足”のようだ。やはり、彼のいわゆる「トニー・ソプラノ・アプローチ」が必要、ということになる(…ということは、この件ではマンキューよりマイケル・ムーアの方が正しい!?)。


また、2番目のポイントは、少し前のエントリのコメントで引用した

貸し渋りが生じたのは銀行が財務上の問題を抱えだしたときじゃない。政府がそれについて何か手を打ちそうに思えてきたときだった。

http://cruel.org/krugman/krugback.pdf

と同じことを言っている。ということは、資本注入が始まると、「ウォール・ストリート」は一息ついても、いわゆる「メイン・ストリート」の景気は却って悪化する恐れがあるわけだ(((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル)。


つまるところ、仮に米国と欧州が銀行への資本注入の方向に進んだとしても、その先の道のりは決して平坦ではないようだ。(クルーグマンは取りあえず始まった欧州の資本注入の動きを歓迎しているものの、同時に「we still don’t know...whether they’ll really work. 」という留保の言葉も付けている。)
Fasten your seatbelt!


なお、序でに、リンク先の山形氏の訳で誤訳と思われる点を指摘しておく。

さて、そこへ政府がやってきて、銀行に資本注入しましょうなんて言う。優先株を買ってあげるよってことで(実はこの例では、優先株だろうと普通の株だろうと関係ない。現実の世界では、優先株にすると銀行はもっといやがることになる)

この括弧内に相当する文章は原文には存在しない。原文は

Now along comes the government, offering to inject capital into the bank, by buying preferred stock - in effect, by giving the bank a loan that is senior to the equity but subordinate to the deposits.

であるが、in effect以下の文章は、優先株を買うことの意味を説明したもので、訳を当てれば、「事実上、(返済の)優先順位が普通株式より高いが預金には劣るローンを銀行に提供する」といった感じになる。


また、

だって、期待収益の配分の左側(訳注:回収できない場合のほうってこと)を前より気にするようになるはずだから。

という訳もあるが、原文の

because they will care more about the left tail of the distribution of returns.

からすると、「配分」というよりは「分布」とするのが正確かと思う。要は、分布の左側の裾=ダウンサイドリスクを気にするようになる、という話である。

*1:次のエントリでこの数値例の整理を試みる予定。