ゴールドマン VS サックス

昨日のエントリ“HOW HARVARD LOST RUSSIA”(Institutional Investor Magazine, January 2006)の、サックスとロシアとの関わりの部分を紹介したが、その中で当時ハーバードのロシア研究所の所長だったマーシャル・ゴールドマンについて触れられている。

そこで今日のエントリでは、このゴールドマンについて取り上げてみる(期せずしてタイトルは上のようになった)。

対Wedel女史でサックスを擁護

7日エントリの[補足2]で紹介したWedel女史は、サックスの反論への反論(The National Interest 2000年夏号)で、ポーランドの成功が必ずしもサックスの改革のお蔭ではないという主張をするために、マーシャル・ゴールドマンを引き合いに出している。

With regard to Poland, although its economy has grown, this success was achieved not by following a radical transition program, but, as Harvard Professor Marshall Goldman has shown, by rejecting key parts of it.

しかし、続く秋号ではゴールドマン本人が登場して、意外にもサックスに擁護に回り、Wedelの論文を批判している(それに対するWedelの反論も掲載されている)。

ただ、その中でも

Over the years I have had disagreements with Sachs over his analysis of the transition in Russia and whether or not the United States and the IMF should provide financial aid.

とサックスとの意見の違いを付け加えることは忘れていない。


ロシアへの金融支援・是か非か?

ここでゴールドマンが指摘するロシアへの金融支援の問題は、サックスが7日エントリで紹介した書評で、米国政府とIMFの無為として批判したものである。この問題に関する二人の論争は、ロシア改革が緒に付いた1992年1月当時に既にこの記事(筆者はビューティフル・マインドの著者シルビア・ナサー)で紹介されている。

The point of sending money, Mr. Sachs of Harvard has emphasized repeatedly, is to buy time for reformers by easing the squeeze on living standards and instilling foreign confidence in the reforms.


But some think the aid would be wasted. "Giving the Russians money is a dreadful mistake," said Marshall Goldman, a Soviet expert on the faculty at Wellesley College. "This is not a dormant market system like Poland. We should not provide money until they have made major institutional changes."

ロシアへの金融支援・他の経済学者の意見――アジア危機論議を先取り?

ちなみに、この記事ではサックスとゴールドマンだけではなく、他の経済学者の金融支援に対する意見も紹介されているので、それについても少しまとめておこう。
この記事では、フェルドシュタインを初めとする保守派の経済学者は反対派、サックスを初めとするリベラル派の経済学者は賛成派と分類されている。注目すべきは、サマーズ(世銀)、フィッシャー(MIT)、クルーガー(デューク大)といった後のIMFの中心的なエコノミストたち(カッコ内は当時の所属)、すなわち後にサックスやスティグリッツの論敵になる人たちが、ここでは賛成派に分類されている点である。
保守派エコノミストたちは、まず軍備を減らせ、支援は政府ではなく民間主導で行なうべき、資源を売却すれば現金は手に入る、法制度基盤が無いところに援助を注ぎ込んでもアフリカのように無駄になるだけだ、と主張する*1。それに対し、リベラル派は、厳格な条件付き援助にすれば、経済改革に役立つと主張する。たとえばデロングは次のように述べている。

"The Marshall Plan did not rebuild Europe," said Bradford deLong, an economic historian at Harvard University. "It worked because it pushed European governments toward policies that turned out to be very good for economic growth, such as free trade and private enterprise."

また、サマーズは、ロシアの人材の質の高さを強調し、その潜在成長力は皆が思っているより大きいと評価している。


なお、ここで保守派の主張の一つとして挙げられている法制度整備を優先すべき、というのは、その後スティグリッツがロシアの改革失敗を論じる際に散々主張する点である(cf. 例の論文や、7日エントリで紹介した記事)。
一方、リベラル派の主張として紹介されている厳格な条件付き援助というのは、アジア危機の際にまさにIMFが実地に適用して、サックスやスティグリッツ等の強い批判を浴びることになる。
それらの事実から分かるように、実は、経済学者の主張する移行経済への処方箋は、この記事に書かれているような保守派かリベラル派の単純な二元論の分類で割り切れるものではない。とはいうものの、その点でナサーを責めるのは酷に過ぎるだろう。そうした処方箋が論者ごとに分かれ、しかも対象国や論点によって論者間で一致したり異なったりする、という入り組んだ論壇の状況が誰の目にも明らかになったのは、あくまでもロシアの改革の失敗やアジア危機を経てからだからだ。むしろ、ナサーの手際の良いまとめにより、それらの論点自体はこの時既に概ね出揃っていたことが読み取れる、という点では貴重な記事と言える。

The Piratization of Russia

ゴールドマンに話を戻すと、ロシア危機の最中のこの記事でも金融支援の関する彼の考えがサックスと対比して書かれている。
また、自著「The Piratization of Russia」に関してのハーバードビジネススクールでの講演や、カーネギー・カウンシルという団体での講演で、サックスとの意見の違いを自ら強調している(後者の講演記録を読むと、話がどこまで本気でどこまで冗談か分からない;これが彼のスタイルなのだろう)。
ゴールドマンのこの本は邦訳され、NHK出版から出ているようだ。

強奪されたロシア経済

強奪されたロシア経済

*1:この議論は最近話題になったサックスとイースタリーの開発経済への援助を巡る議論を彷彿させる。