規制された市場におけるエネルギー移行

というNBER論文が上がっているungated版へのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Energy Transitions in Regulated Markets」で、著者はGautam Gowrisankaran(コロンビア大)、Ashley Langer(アリゾナ大)、Mar Reguant(ノースウエスタン大)。
以下はその要旨。

Natural gas has replaced coal as the dominant fuel for U.S. electricity generation. However, U.S. states that regulate electric utilities have retired coal more slowly than others. We build a structural model of rate-of-return regulation during an energy transition where utilities face tradeoffs between lowering costs and maintaining coal capacity. We find that the current regulatory structure retires only 45% as much coal capacity as a cost minimizer. A regulated utility facing a carbon tax does not lower carbon emissions immediately but retires coal similarly to the social planner. Alternative regulations with faster transitions clash with affordability and reliability goals.
(拙訳)
天然ガスは米国の主な発電燃料として石炭に取って代わった。しかし、電力会社を規制する米国の州では、他の州に比べて石炭の廃止が遅れた*1。我々は、費用削減と石炭発電の維持とのトレードオフに電力会社が直面するエネルギー移行期における総括原価方式*2の構造モデルを構築した。現在の規制構造では、費用最小化の場合に比べて45%しか石炭発電が廃止されないことを我々は見い出した。炭素税に直面する規制された電力会社は、炭素排出をすぐには削減しないが、社会計画者と同様の形で石炭を減らす。移行が早く進むような現行に代わる規制においては、手頃な価格ならびに提供の信頼性という目標*3との齟齬が生じる。

論文によると、コンバインドサイクル発電(cf. コンバインドサイクル発電 - Wikipedia)技術の進歩と水圧破砕法(フラッキング)のお蔭で、過去20年間に天然ガスの発電費用は大きく下がったという。以下は2006年から2017年に掛けて天然ガスの費用が石炭と同等にまで下がったことを示す図。

モデルによるシミュレーションでは、以下の4つの反実仮想を想定したとの由。

  1. 既存の規制パラメータへの調整
  2. 費用最小化
  3. 炭素の外部性を190ドル/トン*4で内部化する社会計画者
  4. 総括原価方式を前提とした炭素税

シミュレーション結果は概ね以下の通り。

  • 2006年時点のエネルギー移行に直面した電力会社は、30年の期間で石炭発電の45%を廃止し、石炭の使用量を徐々に減らす半面、天然ガスのコンバインドサイクル発電を同じ期間に427%増やす。
  • このベースラインに対し、高い変動費にペナルティを科すという規制構造の限界的な調整を行っても、石炭から天然ガスへの移行は加速するものの、総括原価方式の下ではアバーチ・ジョンソン効果*5の悪化により両発電について過剰投資が生じ、価格の手頃感は悪化する。
  • 総括原価方式にメスを入れることになる費用最小化方式では、ベースラインよりも石炭からの移行がかなり急速に進み、石炭発電の53%を直ちに廃止するとともに、30年間で石炭発電を事実上全廃する。
  • 社会計画者方式でも、同じ期間で石炭発電を無くすが、即座に廃止する石炭発電は95%になる。
    • 既存の総括原価方式の下で高い変動費にペナルティを科したり石炭使用の動機を減じるやり方では、これに近いスピードで石炭発電を無くすことはできない。
  • 炭素税方式では、短期的には90%が価格転嫁されるが、長期的には石炭から天然ガスに移行する。
  • コスト最小化、社会計画者、炭素税のいずれも、石炭発電の廃止にはつながるものの、電力会社の変動利益は大きく下がるため、電力会社の存続可能性を損なうことによって最終的には信頼性を下げる可能性がある。
    • 従ってこれらの方式では、発電能力への投資や送配電のためのリソースを確保することで電力の信頼性を維持するために、一括方式の補助金が必要になる可能性がある。
      • 2022年の米国インフレ抑制法では、この結果に沿う形で、炭素税ではなくクリーンエネルギー投資への多額の補助金を盛り込んだ。

*1:本文によると、2006年から2018年に掛けて、電力の構造改革を行った州では26.0%が廃止されたのに対し、規制が残った州では17.8%しか廃止されなかったとの由。

*2:cf. 総括原価方式 - Wikipedia

*3:Energy, Climate, and Grid Security Subcommittee Hearing: “Oversight of FERC: Adhering to a Mission of Affordable and Reliable Energy for America”によれば総括原価方式による電力規制の2大目標とされている、とのこと。

*4:この数字はEPA's “Report on the Social Cost of Greenhouse Gases: Estimates Incorporating Recent Scientific Advances” | US EPAに基づくとの由。

*5:cf. Averch–Johnson effect - Wikipediaアバーチ・ジョンソン効果 - Google 検索