ピケティらが陥った所得データの陥穽?

こちらのツイート経由で、3年前に紹介したEmmanuel Saez=Gabriel Zucman論文で反論の対象の一つとなっていたGerald Auten(米財務省)=David Splinter(米議会税制合同委員会)の論文「Top 1 Percent Income Shares: Comparing Estimates Using Tax Data」が、「Income Inequality in the United States: Using Tax Data to Measure Long-Term Trends」と改題されてJournal of Political Economyにアクセプトされたことを知った。また、Saez=ZucmanのNBER論文のサイトを再訪して、SplinterによるSaez=Zucmanへの再反論論文「Reply: Trends in US Income and Wealth Inequality: Revising After the Revisionists」が同年に出ていたことを知った(最新版はSplinterのHP掲載されている)。

Splinterの再反論論文によれば、税データに基づく所得を使うことの問題は、国民所得統計の1/3以上が欠落してしまう、という点にある。Saez=Zucman(以下SZ)が擁護した Piketty, Saez, and Zucman (2018) (以下PSZ)もAuten=Splinter(以下AS)もその点の補完を行っているが、両者の手法が異なるため、結果に大きな違いが出ているとの由。

その違いの筆頭としてSplinterが挙げるのが、ASが「所得の未報告分(underreported income)」と呼称している要因の扱いである。ASは申告者と非申告者にその要因を配分したが、その際の申告者の比率は、IRSのランダムな監査による特別研究の推計値を用いたという。同特別研究は、経済分析局の国民所得統計でも用いられているとのことである。一方、PSZは、申告されたプラスの所得の比率でそれを配分した、とSplinterは指摘する。

その上でSplinterは、SZが「オーテン=スプリンター(2019)では、上位1%が稼いだ企業利益のうち(寛大な減価償却規則に特に起因して)課税対象外となるものは脱税に分類され、ランダム監査データの誤読に基づいてその脱税分が下位99%に割り当てられている*1」と記述した点について、以下の3つの誤りがあると指摘している。

  1. 税データの会計所得から国民所得への移行の際の企業所得の純増分は、特別監査で見られた脱税分とほぼ同じであった。SZが強調した減価償却関連の追加分(即ち、資本消費調整*2)は、他の控除分と部分的に相殺され、脱税分には分類されていない。
  2. ASでは所得の未報告分を下位99%だけに配分したわけではなく、分布全体に配分した。SZ自身、ASが上位1%に配分した分についてp.29で論じている。
  3. ASは所得の未報告分の配分において特別監査研究の結果に従っている。また、ASの手法は、様々な年についてその監査研究を用いた複数の研究者グループの結果と整合的である。即ち、申告者については、脱税分の追加は上位1%の所得比率にあまり影響しない。

この後Splinterは、IRS特別研究の結果とASの結果が如何に整合的か、および、それとPSZの結果が如何に不整合であるかについて説明しているほか、退職所得の扱いなど、所得の未報告分以外の両研究の差異について記述している。

*1:ここの翻訳は本ブログの3年前のエントリをそのまま用いた。

*2:cf. https://www.bea.gov/help/glossary/capital-consumption-adjustment-ccadj