カズオ・イシグロのキャンセル・カルチャー批判

御田寺圭(白饅頭)氏の現代ビジネス記事が物議を醸している。同記事で白饅頭氏は、「リベラルは多様性を反映することを心掛けるべき」という趣旨のカズオ・イシグロの言を冒頭で引用した上で、リベラルにおける画一的な価値観への同調圧力を槍玉に挙げた。それに対し、記事を問題視する人たちは、そうしたリベラル批判をイシグロは口にしておらず、白饅頭氏はイシグロの発言を曲解している、と言う。
確かに、例えばこちらの白饅頭氏批判記事が指摘するように、白饅頭氏が引用した東洋経済のイシグロのインタビュー記事では、「キャンセルカルチャー」的なものへの懸念や言及は表明されていない。しかし実は、少し前のBBC記事でイシグロは、そうした懸念を明確に示している*1。この記事はBBCのインタビュー番組を基にしているが、こちらテレグラフ記事では番組におけるイシグロの言葉がより長く引用されているので、以下に前半部分を紹介してみる。

The Nobel Prize-winning author said a “climate of fear” was preventing some novelists from writing the books they wanted to write.
“I think I’m in a privileged and relatively protected position because I’m a very established author and I’m the age I am. I have a reputation. Perhaps it’s an illusion but I think I’m protected,” Sir Kazuo said.
“I very much fear for the younger generation of writers and what I’m concerned about is that there [is] self-censorship going on and that they would not produce the works that they really want to produce, or that they would have produced and that we would really value, because there is a fear that they’re going to get trolled or they’re going to get cancelled or there’s going to be some sort of anonymous lynch mob that will turn up online and make their lives a misery,” he told the BBC.
The author won the Booker Prize in 1989 with The Remains of the Day and was awarded the Nobel Prize for Literature in 2017.
His comments about ‘cancel culture’ were made in response to a question about freedom of speech disputes and publishers dropping authors. JK Rowling has been at the centre of controversy over her views on trans rights, with calls for her books to be blacklisted and fellow authors quitting her literary agency. Julie Burchill’s forthcoming book was dropped by her publisher after she made comments on Twitter about Islam that “crossed a line with regard to race and religion”.
(拙訳)
このノーベル賞受賞作家は、「恐怖の風潮」によって書きたいことが書けない小説家がいる、と述べた。
「私は作家として地位をかなり確立しており、年齢も今の年齢なので、特権的で比較的保護された立場にいる、と思います。評価も頂いていますし。ひょっとしたらそれは幻想なのかもしれませんが、私は自分が保護されていると考えています。」とカズオ卿は述べた。
「私は自分より若い世代の作家について非常な恐れを抱いています。私が懸念しているのは、自己検閲が現在進行形で存在していることです。彼らが自分が本当に書きたいもの、あるいは書いたならば我々が本当に評価するものを書かないことを懸念しています。そうなってしまうのは、荒らしやキャンセル・カルチャーの対象とされたり、匿名のリンチ集団のようなものがネット上に現れて生活がひどいことになってしまったりすることを恐れているためです。」と彼はBBCに述べた。
この作家は1989年に「日の名残り」でブッカー賞を受賞し、2017年にノーベル文学賞を受賞した。「キャンセル・カルチャー」についての彼のコメントは、言論の自由に関する議論や出版社による作家の排除についての質問を受けてなされた。J.K.ローリングは、トランスジェンダーの権利についての自らの見解によって議論の台風の目となり、著書をブラックリスト化する呼び掛けが行われたり、彼女の著作権代理人を別の作家が辞めたりした。ジュリー・バーチルの近刊は、彼女がツイッターイスラムについて「人種と宗教について一線を越えた」発言をした後、出版社によって出版対象から外された。


ちなみにおよそ3年前のNHKインタビューでもイシグロは、異なる価値観を受け止めて自らの集団の行動や論理を省みる契機にする上で文学(あるいは漫画、映画、TV)が果たす役割の重要性を強調している。また、そのインタビューでイシグロは、グローバル化ネオリベが二極分化をもたらした、というここでロドリックが述べたことを彷彿とさせることも述べている。

*1:ちなみにその記事は(もう一人の白饅頭アイコンである)CDB氏がこちらのツイートで紹介している。