イノベーションの社会的リターンの計算

というNBER論文をサマーズらが上げている(H/T アレックス・タバロック)。原題は「A Calculation of the Social Returns to Innovation」で、著者はBenjamin F. Jones(ノースウエスタン大)、Lawrence H. Summers(ハーバード大)。
以下はungated版の導入部の一節。

A simple social returns calculation can proceed as follows. Let income per capita be y, innovation investment per capita be x, and the discount rate be r. If a year's worth of innovation investments creates a g percent increase in productivity, then the ratio of benefits to costs is:
𝜌 = (𝑔/𝑟) / (𝑥/𝑦)
The key idea here, as in endogenous growth theory, is that, by investing a GDP share 𝑥/𝑦 in innovation today (i.e., once), we permanently raise productivity in the economy by 𝑔 percent, the present value of which is 𝑔/𝑟. Notably, this approach suggests that the average social returns to innovation may be enormous. For example, if we take an R&D investment orientation, with the R&D share of GDP at its usual level in the U.S., 𝑥/𝑦 ≈ 2.7%, and let these investments drive productivity growth, then we have 𝑔 ≈ 1.8%. Standard discount rates then imply that 1$ of R&D investment today on average creates over $10 of economy-wide benefits in today’s dollars. This return is extremely large, but it follows from the basic mechanics of growth, as understood in advanced economies. That is, a permanent gain in living standards from a seemingly small investment in innovation will, by the above logic, tend to suggest enormous returns.
(拙訳)
単純な社会的リターンの計算は次のようになる。一人当たり所得をy、一人当たりイノベーション投資をx、割引率をrとしよう。1年相当のイノベーション投資が生産性をg%増加させるとしたら、便益費用比率は:
𝜌 = (𝑔/𝑟) / (𝑥/𝑦)
ここで鍵となる考え方は、内生的成長理論におけるのと同様、GDP比にしてx/yのイノベーション投資を今日行う(即ち一回だけ行う)ことにより、我々は経済の生産性を恒久的にg%引き上げ、その現在価値はg/rとなる、ということである。注目すべきことに、この手法が示唆するイノベーションへの平均の社会的リターンは非常に大きなものとなる。例えば、研究開発投資を用いることにすれば、米国のGDPの研究開発費比率の通常水準からx/y ≈ 2.7%となり、その投資が生産性成長をもたらすとすれば、𝑔 ≈ 1.8%となる。すると標準的な割引率から、今日の1ドルの研究開発投資が、現在のドルにして平均10ドル以上の便益を経済全体にもたらすことになる。このリターンは非常に大きいが、先進国経済で理解されているところの成長の基本的なメカニズムから得られるものである。即ち、表面的には少額のイノベーション投資がもたらす生活水準の恒久的な利得は、上述の論理によって、非常に大きなリターンを示すものとなる傾向がある。


このように計算したリターンが高くなる理由として、論文では以下を挙げ、それを調整したリターンも求めている。

  1. 波及効果
    • 研究開発から利益が上がるのには時間が掛かり、そのため便益の達成時期が遅れ、現在価値が下がる。
  2. 資本深化の役割
    • 生産性利得には資本深化が一部貢献している。また、それと関連する話として、研究開発投資の価値が新たな種類の固定資産への投資によってのみ実現される場合、資本に体化される技術変化の役割も考える必要がある。
  3. 研究開発以外の役割
    • 起業や実践的学習など、正式な研究開発以外の活動によって生産性成長が起きる可能性。

逆に、上で計算したリターンが低くなる理由として論文では以下を挙げている。

  1. インフレバイアス
    • インフレバイアスにより、GDP実質成長率において、製品の改良や新製品の開発による利得を過小評価。
  2. 医療
    • 医療は研究開発投資の主要な対象であり、大きな社会的リターンをもたらすものであるものの、死亡率や疾病率は一人当たりGDP指標ではうまく捉えきれない。
  3. 国際的波及効果
    • 先端的な経済で行われたイノベーション投資により世界中の経済が恩恵を受ける。

なお、論文では最後に、上記の平均リターンではなく、政策担当者が興味を持つ限界リターンを算出する試みも行っている。