クルーグマンが、なぜ賃金が上昇していないのか、というテーマについて表題のエントリ(原題は「Monopsony, Rigidity, and the Wage Puzzle (Wonkish)」)で書いている。その内容は概ね以下の3点にまとめられる。
- 米経済は完全雇用に近い
- その点については、アーニー・テデスキ(Ernie Tedeschi)とジェイソン・ファーマン(Jason Furman)の間にツイッターで論争があった*1。
- テデスキは、最近では失業率よりも働き盛りの年齢の雇用率の方が賃金上昇率の予測に適しているが、その雇用率は危機前の水準をまだ大きく下回っている、ということを論証した。
- それに対しファーマンは、労働参加率の長期的な低下傾向を考えれば、雇用率は必ずしもトレンドを下回っているとは言えないのではないか、と反論した。
- クルーグマンは、他の2つのデータ――離職率が危機前の水準に戻っていること、および、雇用主が労働者が見つけにくくなっていると回答した調査結果――から、ファーマン側が正しいのではないか、という見解に立っている。
- 名目賃金の下方硬直性と、労働市場の買い手独占が、賃金が上昇していない原因
- 低インフレの不況経済では雇用主は賃金を切り下げたいと考えているが、労働者の士気が下がることを恐れてできない。その結果、SF連銀の賃金硬直性メーターが示すように、不況によって毎年の賃金が変わらない労働者が激増した。また、賃金の下方硬直性が続いた後は、実施できなかった賃下げの代わりに賃金上昇が抑え込まれる、という分析結果も出ている。
- クルーグマンは、ここで労働市場の買い手独占についても論じるべき、と考えている。現在、多くの雇用主が大きな買い手独占力を持っている、という証拠が数多くある。
- 買い手独占力を持っている企業は、所与の市場賃金で雇うか否か、という選択を迫られることがなく、右上がりの労働供給曲線に直面する。その場合、労働者をもっと惹き付けるためには賃金を上げる必要があるが、そうすると賃金を上げなくても雇えるはずだった労働者の賃金も上げることになる。すると追加的な労働者の限界費用は、その労働者の賃金より高くなってしまう。従って買い手独占企業は、現行価格でもっと売りたいと常に考える売り手独占企業と同様、十分な(技能を持つ)労働者が雇えない、と不平をこぼすのが常となる。
- ただ、失業率が高い時期には、企業は、低い需要とともに、仕事を必死で求める労働者による高い労働供給にも直面していた。本来はそこで賃下げができるはずだったが、副作用を恐れてできなかった。その時期には、十分な(技能を持つ)労働者が雇えない、という企業のいつもの不満は影を潜めた。
- しかし今や需要が回復し、失業率が低下して通常の状態に復したことにより、企業のいつもの不満も戻った。かつての好況期に比べてその不満が大きいように思われるのは、以下の2つの理由による。
- 前回市場が引き締まっていたのは遠い昔になったため、完全雇用経済がどんなものかを覚えていない人事担当者が大半となった。すべての就職口に質の高い労働者が列をなしていない状態は彼らにとって新鮮なショックであり、それは労働者のせいである、と非難するようになった。
- 大不況の記憶が鮮明な雇用主は、より高い賃金でコストを固定することを恐れている。