緊縮策はミクロ的にも反生産的?

と、今回のサイバー攻撃を例にクリス・ディローが論じている。というのは、国民保健サービス(NHS)ではIT投資をケチったために被害が大きくなった、という報道を目にしたためである。記事によると、システムの多くでウインドウズXPが依然として使われており、2015年にはジェレミー・ハント保健相が高額のサポートパッケージを経費節減の一環で解約したという。ディローは、修復やITシステム更新の費用は当初の節約額を上回るのではないか、と推測している。
同様の例としてディローは以下を挙げている。

  • 刑務所職員の数を減らしたところ、暴動が起きたり再犯が防げなくなったりした
  • 洪水対策費を節減したところ、復旧費が増加した
  • ソーシャルケアを削減したところ、入院する人が増えてNHSの費用が増加した
  • 精神治療費を削減したところ、警察の支出が増加した
  • 学校への支出を削減したところ、親たちの学校への寄付という隠れた税金が増加した

マクロ的な話と絡めて、ディローは以下のように考察している。

In ways like these, austerity is counter-productive. It either means shifting the burden onto other public services, or increased spending later to pay for the damage done by cuts.
This is an entirely separate point from the Keynesian one, that austerity means weaker economic activity and hence lower tax revenues. Putting the two together, though, merely reinforces the point – that austerity fails, in the long-term, even in its own terms.
(拙訳)
このように、緊縮策は反生産的である。結局は、他の公的サービスに負担を転嫁するか、削減によって生じた損害を後の支出増加で賄うことになる。
これは、緊縮策が経済活動を弱めて税収を低める、というケインジアンの指摘とは全く別の話である。しかしながら、両者を考え合わせると、論点はますます強化される。即ち、緊縮策は、自らの定義に照らしても長期的には失敗するのである。


ただし、これは政府に限った話ではなく、民間でも起きること、とディローは指摘する。2000年代前半にBPのジョン・ブラウン(John Browne)CEOはメンテナンス費用を絞り利益を増やしたが、テキサスシティ製油所爆発事故で帳消しとなった。その上でディローは、民間については短期的な利益を求める株主からの圧力という言い訳があるが、政府の場合は債券市場からの圧力は無い――マイナスの実質金利で政府に喜んで貸しているのだから――と述べている。圧力があるとすれば、「国家財政」という愚かなメディアマクロ経済学の妄執に憑りつかれ、緊縮策が実際に長期的に合理的か否かという事実を無視する政治ジャーナリストである、とディローは言う。もちろん無駄は削減すべきだが、それは、すぐにいなくなる政治家や経営者に任せる仕事ではない、とディローは主張する。彼らは、厳しい方針をぶちあげること、ジャーナリストに強い印象を与えること、短期目標を達成すること、にしか興味が無いから、とのことである。現場の現実を把握しており、効率化の恩恵を受ける労働者にもっと無駄の削減の権限を与えるべき、と論じてディローはエントリを締め括っている。