米国の育児休暇の拡大をアン・ハサウェイが国連で訴えたというニュースがあったが、今月初めにTimothy Taylorがブログでこの話題を取り上げている。その冒頭でTaylorは、世界各国の育児休暇を比較している。それによると、米国の母親の仕事が保証された育児休暇は最大12週間だが、日英伊丁は通例1年、西仏独は3年以上との由。そのうち法律で有給が保証されている期間は、米国ではゼロだが、伊加瑞独などでは1年だという。Taylorはまた、米エンタープライズ研究所とブルッキングス研究所が育児休暇をテーマにした共同ブログを最近開設したことを紹介している。
その上でTaylorは、自らが編集長を務めるJournal of Economic Perspectivesの2017年冬号に掲載されたClaudia OlivettiとBarbara Petrongoloによる論文「The Economic Consequences of Family Policies: Lessons from a Century of Legislation in High-Income Countries」の内容を紹介している。論文によると、育児休暇の拡大は他の様々なワーキングマザーのサポート制度と同時に実施されることが多いため、その効果を単独で測定することは難しいという。さらに難しいのは、同じような育児休暇でも国によって社会的意味が異なる(労働力への復帰を促すvs抑制する)ことだという。その例として論文ではデンマークとイタリアを挙げている。両国はともに約50週の育児休暇とほぼ同率の賃金代替率を提供している。しかしイタリアでは、長期の出産休暇が特に製造業と農業で1960年代より前に整備され、父親は対象外となっている。一方、デンマークは社会規範が大きく変化した1960年以降の期間に育児休暇が整備され、出産休暇と育児休暇の権利の代替性は限定されている。世論調査によると、イタリアでは「就学前児童にとってワーキングマザーは良くない」という文言に7割の人が賛同するのに対し、デンマークでは1割に過ぎないという。実際、国際比較の実証結果でも、育児休暇の充実度と性別役割に関する質問への回答には明確な関連性が見られない。ただ、価値観が保守的な国では幼児教育や保育への支出が少なく、柔軟な労働環境の整備が乏しい傾向にある、とのことである。Olivetti=Petrongoloによると、実証分析においても育児休暇の女性の雇用への明確な効果は認められず、育児補助の方が効果があるという結果が出ている、との由。
Cross-country studies, with weaker identification, point to a positive correlation with maternal employment rates, albeit this effect is limited to short or intermediate leave durations, and mostly applies to less-skilled women, with virtually no impact for the more educated. Extremely long leave durations seem instead to have inhibitive effects. On the other hand, studies on microdata tend to find that parental leave mostly delays return to work, with no discernible effects on employment rates in the long run. ...
In a nutshell, there is little compelling evidence that extended parental leave rights have an overall positive effect on female outcomes. The policies with the strongest evidence for reducing gender disparities seem to be early childhood spending (in both cross-country and microdata) and in-work benefits (in the microdata). A potential common theme here is that making it easier to be a working mother may matter more than the length of leave or the payments."
(拙訳)
国際比較研究は、弱いながらも母親の雇用率との正の関係を見い出しているが、その効果は中短期の休暇に限られており、当てはまるのも概ね低技能の女性で、教育程度の高い女性にはほとんど影響していない。極端に長い休暇期間は、むしろ抑止効果を生み出すように思われる。一方、ミクロデータの研究では、育児休暇は大体において仕事への復帰を遅らせ、長期的な雇用率への明示的な効果は見られない。・・・
まとめると、長期の育児休暇の権利が女性にとって全体的に肯定的な影響をもたらすという納得できる証拠はほとんど無い。性別の格差を減らすことに関して最も強力な実証結果を伴う政策は、幼児教育への支出(国際比較とミクロデータの双方において)と就労手当(ミクロデータにおいて)のように思われる。これらの分析における隠れた共通の主題は、休暇の長さや給与よりは、ワーキングマザーでいることを容易にすることの方が遥かに重要である、ということである。
Taylorはさらに別の研究(Chinhui JuhnとKristin McCueによる「Specialization Then and Now: Marriage, Children, and the Gender Earnings Gap across Cohorts」)から同趣旨の文章を引用している。
The experience of Scandinavian countries produces an interesting perspective. While the expansion of family policies may have increased female labor force participation, much of the increase was in part-time work, and women in these countries were less likely to be in management and professional occupations than women in the United States. Indeed, the gender gap in Sweden is larger at the upper end of the earnings distribution, consistent with the notion of underlying factors leading to a “glass ceiling” that limits women from advancing . Two recent studies using administrative data on earnings from Sweden and Denmark provide convincing evidence that mothers, but not fathers, have large reductions in relative earnings following the birth of their first child in both countries. ... The persistence of children-related wage gaps in these countries with very generous family policies casts doubt on the notion that these policies constitute a panacea that will reduce the gender gap. It is plausible that adopting family policies and other programs that support working families as they go about the business of bringing up children—an expensive proposition—may improve family and children’s well-being. But it is not clear that such policies narrow the gender gap in earnings.
(拙訳)
スカンジナビア諸国の経験は、興味深い視点を提供する。家族政策の拡充は女性の労働参加率を高めたかもしれないが、その増加の多くはパートタイムの仕事であり、それらの国の女性が管理職や専門職に就く確率は米国よりも低い。実際のところ、スウェーデンにおける男女格差は所得分布の高位の端においてより大きく、女性の地位向上を制約する「ガラスの天井」につながる各種要因の概念と整合的である。スウェーデンとデンマークの行政の所得データを使った2つの最近の研究は、両国において第一子を儲けた後の母親の相対所得は大きく減少するが、父親はそうではない、という説得力のある実証結果を提供している。・・・非常に充実した家族政策を実施しているこれらの国における子供に起因する賃金格差の継続は、そうした政策が男女格差を無くす万能薬となるという考え方に疑問を投げ掛ける。働く家庭を支援する家族政策やその他の政策の適用が、子育てという金の掛かる事業に関しては家族と子供の厚生を改善する、という話は説得力がある。しかしそうした政策が所得の男女格差を縮めるかどうかは明らかではない。