イエレンはモデルを過信している?

ここで紹介したエントリでジャクソンホールの結果に対し3つの失望を表明したサマーズが、そのうちの2点目(「既存の政策ツールに対する危険な自己満足」)に焦点を当てたエントリを上げている(H/T Economist's View)。

Chair Yellen, relying heavily on research by David Reifschneider using the FRBUS model, comes to the relatively serene conclusion that by using forward guidance and QE policies—or LSAP (Large Scale Asset Purchases) in Fed parlance, the Fed will likely able to respond adequately to the next recession with its existing tool kit. I think this conclusion is unlikely to be right.
As Paul Krugman points out Reifschneider, working with John Williams and using the same FRBUS model, concluded that the ZLB was only a very small issue less than a decade before the financial crisis led to an 8 year stretch of zero rates. The market has been consistently wrong for most of the last decade on the ease with which interest rates could be raised by the Fed. And estimates of the neutral rate have been far lower for far longer than anyone would have predicted a decade ago. All of this suggests the need for substantial humility about what the Fed’s capacities will be the next time the economy encounters difficult times.
There is an important methodological point here—distrust conclusions reached primarily on the basis of model results. Models are estimated or parameterized on the basis of historical data. They can be expected to go wrong whenever the world changes in important ways. Alan Greenspan was importantly right when he ignored models and maintained easy policy in the mid 1990s because of other more anecdotal evidence that convinced him that productivity growth had accelerated. I believe a similar skeptical attitude towards model results is appropriate today in the face of the clear evidence that the neutral real rate has fallen. I pay attention to model results only when the essential conclusion can be justified with some calculation where I can see and follow each step.
(拙訳)
イエレン議長は、FRBUSモデルを使ったDavid Reifschneiderの研究に大いに依拠しつつ、FRBフォワドガイダンスや量的緩和――FRB用語ではLSAP(大規模資産購入)――を用いることにより、既存の政策ツールで次の景気後退に適切に対処できるだろう、という比較的長閑な結論に達している。私はこの結論は正しくないでのはないか、と思う。ポール・クルーグマンが指摘したように、Reifschneiderは同じFRBUSモデルを使ったジョン・ウィリアムズとの共同研究で、ゼロ金利下限は大した問題ではないと結論付けたが、それは8年にも及ぶゼロ金利をもたらした金融危機の10年足らず前のことだった*1FRB金利をどの程度簡単に引き上げることができるかについて、市場は過去10年間の大半において一貫して間違え続けてきた。また、中立金利の推定値は、10年前のどんな予測よりも遥かに長い期間、遥かに低い水準に留まってきた。これらのことすべては、経済が次に苦境に陥った際、FRBに何ができるかについて大いに謙虚になる必要があることを示している。
この話には重要な手法上のポイントが含まれている。それは即ち、主にモデルの結果に基づいて到達した結論は信ずべからず、ということである。モデルは過去データに基づき推計ないしパラメータ化されている。世の中が重要な点について大きく変わった時は、モデルは間違うと予想され得る。1990年代半ばにアラン・グリーンスパンは、モデルではなくより逸話的な証拠から生産性の伸びが加速したと確信し、モデルを無視して緩和策を維持したが、その時の彼は大いに正しかった。実質中立金利が低下したという明確な証拠がある今日、モデルの結果に対して同様の懐疑的な態度で臨むのが適切である、と私は信じる。私がモデルの結果に注意を払うのは、その本質的な結論が、私が各段階を理解し追うことができるような何らかの計算で正当化できる場合に限られる。

サマーズは、モデルを過信するべからず、という点を巡って少し前にもクルーグマンらと軽い論争になったことがあったが、その点では一貫しているといえる。


またサマーズは、Reifschneiderの研究やFRBの見解について、さらに以下の4点を指摘している。

  1. Reifschneiderは、次の景気後退までにFF金利が3%に達することを標準ケース、2%に達することを極端なケースと仮定しているが、ジャレッド・バーンスタインが指摘したように、市場の予想はそれよりもかなり悲観的*2
  2. Reifschneiderのシミュレーションは、イエレンがかつて推奨した「最適管理手法」*3の実現が難しいことを期せずして示している。
  3. FRBの主流派は、量的緩和フォワドガイダンスの有効性をかなり過大評価しており、量的緩和終了後3年間の教訓を学んでいないように思われる。量的緩和フォワドガイダンスの終了後に長期金利が上昇したらならば、それらの政策は効果があったと言えただろうが、実際には期間スプレッドは量的緩和終了後に大きく低下した。
  4. Reifschneiderは、ゼロ金利下限が無ければ、大きな景気後退が訪れたときに金利が-6〜9%に達する、という結果を示した。10年物の長期金利が1.6%近辺にある現在、量的緩和フォワドガイダンスでそれに相当する効果が出せると考えるのは馬鹿げている。

*1:cf. ここ

*2:ibid.

*3:cf. ここここ