中国の旅行収支の謎

Brad Setserが、中国で成長率が低下し輸入が減る中で2014年に旅行収支の赤字が増えたのはおかしい、と首を捻っている。確かに海外への旅行者は増えているが、それでは旅行収支の赤字の増加を説明できない、という。具体的には、旅行者の増加が10%程度(統計によっては20%程度)であるのに対し、旅行収支の輸入は80%も増加したとの由。
考えられる理由の一つは、国際収支統計における集計方法の変更である。旅行の輸入の増加額は2013年は400億ドルだったが、2014年は1000億ドルに達したという。旅行の輸出の増加額も2014年に増えたが、輸入ほどでは無かった。Setserは、2014年当時に人民元の対ドル相場の先行き変化が予想され始めた中、隠れた流出が起きたのではないか、と疑っている。Setserの記憶によれば、統計の第一報ではそれほどの増加では無かったはず、との由。
では、その隠れた流出とは何だろうか? Setserはこれについて2つの仮説を挙げている。一つは、旅行者が隠れた輸入――輸入税等の各種税金を回避するために高級品をはじめとする商品を海外で買い込むこと――を行っている、というものである。もう一つは、香港での保険商品の購入*1に代表される隠れた資本流出が生じている、というものである。Setserは、前者ならば中国が需要を世界に分け与えていることになるが、後者ならばエガートソン=サマーズ流*2の長期停滞の輸出を行っていることになる、と指摘している。



日本でのインバウンド消費ないし爆買いブームからすると、前者の説の方が説得力があるように思われる。そこで、その点についてコメントしてみたところ、Setserから以下のような反応を貰った。

as for the surge in Chinese tourism to Japan — absolutely real. When i looked at it closely, it seemed that the rise was associated with slightly less spending per tourist than in the past, as with the weaker yen, Japan became accessible to the package tourism market. Above all though it was clear that if you plot Chinese tourism spending in Japan in the Japanese BoP data (which could miss some purchases done while in japan) against the Chinese tourism imports (an outflow) in China’s BoP data, the scales simply are different. single digit $ billion on the japanese side, close to $300b now on the chinese side.
(拙訳)
中国人の日本観光旅行の急増について言えば、確かにそれは本当のことだ。ただ、データを良く見てみると、旅行者が増加するに連れ、以前よりも観光客一人当たりの支出はやや低下しているように思われる。円が弱くなり、日本がパッケージ旅行の市場においてもアクセスしやすくなったためだ。それよりも何よりも、日本の国際収支データにおける中国人の日本での旅行支出(日本滞在中の購買について多少の漏れはあるだろうが)と中国の国際収支データにおける中国の旅行輸入(流出)をグラフで対比させてみると、規模が全く違うことが明らかになる。日本側は数十億ドル単位なのに対し、中国側は今や3000億ドル近い。


一方、カナダ人と思しき別のコメンター(2人)は、カナダで中国が不動産を買い漁っていることを指摘した。それに対しSetserは、以下のようにコメントした。

I have long wondered where the offshore home purchases hide in the balance of payments data. One possibility is in foreign direct investment (which would be the technically correct place). Another is errors . Another is in tourism (e.g. 50,000 taken out for tourism becomes a down payment). Obviously the outflow can be less than the purchase price if the buyer takes out a local mortgage rather than doing an all cash purchase. When I tried to get an estimate on the scale of the RE side of things, setting the big commercial RE deals aside, i came away thinking it was in the high 10s of billions. So big, but decisive relative to China’s underlying surplus.
(拙訳)
オフショアの住宅購入が国際収支データのどこに隠れているのか、という点について私は長年疑問に思っていた。一つの可能性は、海外直接投資だ(それは理論的に本来あるべき場所でもある)。あるいは、誤差脱漏という可能性もある。また、旅行収支という可能性もある(旅行費用のうち5万ドルを頭金にするなど)。もちろん、買い手がすべて現金で買うことはせずに現地で抵当権を設定すれば、流出額は購入額よりも低くなる。商業的な大口取引以外の不動産関係の規模を推計したことがあったが、500億ドルと1000億ドルの間、という結果だった。巨額ではあるが、中国の黒字からすると決定的に重要な額とは言えない*3

*1:cf. 関連日本語記事

*2:cf. ここ。Setserは7/22付のVoxEU記事にリンクしている。

*3:ここではdecisiveの前のnotが抜けていると見做した。