昨日取り上げたFRBとゴールドマンサックスの馴れ合いの件について、ジャスティン・フォックスも反応した。
昨日紹介したブルームバーグ論説でマイケル・ルイスは「規制監督者が多少なりとも銀行にコントロールされていたことは漠然とは知られていた。今やそれは公然の知識となった。(You sort of knew that the regulators were more or less controlled by the banks. Now you know.)」と書き、小生も「規制する側が規制される側に絡め取られるというのは古くからある問題で、本ブログでもここやここで関連する話題を扱ったことがあったが、実際に現場の生の状況が明らかになったことのインパクトは小さくないように思われる」と書いた。今回のブログエントリの冒頭でフォックスも以下のように述べている。
Regulatory capture — when regulators come to act mainly in the interest of the industries they regulate — is a phenomenon that economists, political scientists, and legal scholars have been writing about for decades. Bank regulators in particular have been depicted as captives for years, and have even taken to describing themselves as such.
Actually witnessing capture in the wild is different, though, and the new This American Life episode with secret recordings of bank examiners at the Federal Reserve Bank of New York going about their jobs is going to focus a lot more attention on the phenomenon. It’s really well done, and you should listen to it, read the transcript, and/or read the story by ProPublica reporter Jake Bernstein.
(拙訳)
規制の虜――規制当局者が規制対象産業の利益を重んじて行動するようになること――は、経済学者、政治学者、法学者が何十年にも亘って書いてきたことである。特に銀行の規制当局者は長年虜として描かれてきて、当局者が自身をそのように描写するようにさえなっている。
しかしながら、実際に虜となっているところを生で目撃するのはまた別の話である。NY連銀の銀行監査官の仕事ぶりを密かに録音したものを放送したディス・アメリカン・ライフにより、この現象はさらに多くの注目を集めることになろう。これは優れた報道であり、聴いて、トランスクリプトを読み、かつ/もしくは、プロパブリカ記者ジェイク・バーンスタインの記事を読むべきである。
ただ、ルイス論説が告発者のカルメン・セガーラを称賛したのとは対照的に、フォックスは、かつてアメリカンバンカー紙で銀行規制担当の記者を勤めた経験を背景に、セガーラの告発にやや懐疑的な姿勢を示している。
特に、セガーラの告発のうち2つを取り上げ、次のように指摘している。
- 「顧客が十分に富裕ならば、ある種の消費者保護法は当てはまらない」というゴールドマン社員の発言にセガーラがショックを受けた件
- 利害の衝突に関してゴールドマンが中身のある指針を持っていなかった件
- 過去約20年間、利害の衝突について実質的な指針を持っていなかったことこそが、ゴールドマンのビジネスモデルとなっていた。合併の際に双方の代理人となり、顧客に賭けると同時に顧客に反する方にも賭け、情報の優位性を可能な限り生かす、というのがこの会社が金を儲ける方法だった。利害の衝突を減じるよう指針を強制的に適用すれば、大きな影響が出る可能性がある。
- あるいは米政府がゴールドマンのような振る舞いを禁じるべきかもしれないが、NY連銀の銀行監査官が自身の裁量で、銀行の大幅な減益につながりかねないアクションを取るべき、というのは無理な話。FRBや他の規制当局者の主な任務は銀行システムの安全と健全性であり、過去数十年の間に消費者保護などが任務に付け加わったとしても、安全と健全性が最優先事項であることには変わりない。一般に、利益を上げる銀行は、利益を上げない銀行より安全かつ健全であるので、銀行の規制当局者が利益を減らすことに慎重になるのは無理からぬこと。
後者の利害の衝突の話はセガーラの解雇の原因になったとされるもので、ルイス記事では以下のように説明されている。
How Segarra got herself fired by the Fed is interesting. In 2012, Goldman was rebuked by a Delaware judge for its behavior during a corporate acquisition. Goldman had advised one energy company, El Paso Corp., as it sold itself to another energy company, Kinder Morgan, in which Goldman actually owned a $4 billion stake, and a Goldman banker had a big personal investment. The incident forced the Fed to ask Goldman to see its conflict of interest policy. It turned out that Goldman had no conflict of interest policy -- but when Segarra insisted on saying as much in her report, her bosses tried to get her to change her report. Under pressure, she finally agreed to change the language in her report, but she couldn't resist telling her boss that she wouldn't be changing her mind. Shortly after that encounter, she was fired.
(拙訳)
セガーラ自身が解雇に至った経緯も興味深い。2012年にゴールドマンは、企業買収の際の行動についてデラウエアの判事から叱責を受けた。ゴールドマンは、エル・パソ・コープというエネルギー会社が、別のエネルギー会社のキンダー・モルガンに身売りする際にアドバイザーとなったが、実はゴールドマンは後者の株を40億ドル分保有しており、かつ、ゴールドマンのある役員は個人的に巨額の投資をしていた。ゴールドマンは利害の衝突に関する指針を持っていなかったことが明らかとなったが、セガーラが報告書にそのことを記載しようとした時、彼女の上司はそれを変更させようとした。最終的に彼女は圧力に屈し、報告書の文言を変えたが、考え方まで変えるつもりはない、と上司に言わずにはいられなかった。その衝突のすぐ後に、彼女は解雇された。
フォックスはさらに、FRBの弱腰にも歴史的ないし制度的背景があるんだよ、とFRBを幾分擁護するような話を展開している。
- 銀行の規制当局者が規制対象の銀行の利益の虜となる理由の一つは、そもそもの仕様。銀行の番犬ではなく味方ないし産物として1913年に議会により創設されたFRBには、とりわけそのことが当てはまる。NY連銀の理事会メンバーの2/3は地元の銀行家によって選出される。1933年の連邦準備法の修正条項によって、FRBのバランス・オブ・パワーは、NY連銀をはじめとする地区連銀から、政治的任命を受けるワシントンの理事会にシフトしたものの、銀行規制は地区連銀の業務であり続けた。即ち、銀行の監督官の上司の上役は、銀行によって選出された理事会ということになる。
- ゴールドマンサックスも、そのライバルのモルガンスタンレーも、FRBの監督下に入ったのは比較的最近のこと。2008年の金融危機の真っ最中に、NY連銀からの融資を受けるために銀行持ち株会社となった。ゴールドマンが証券会社に戻ったり、別の銀行規制当局の監督下に移ったりするとは考えにくいものの、FRBの監督官が、ゴールドマンが自らの監督下を抜け出すような事態を恐れていた、ということは可能性としては存在する。
- 以上のことが、今回の秘密録音で明らかになったFRBの極端な弱腰を正当化するわけではないが、コロンビア大の経営大学院教授デビッド・バイムがかつて秘密扱いだったFRB内部レポートで提唱したような、より積極的かつ質問を投げ掛ける手法をNY連銀が採用できなかった理由の説明にはなっている。銀行規制は環境規制などとは出自が違うのだ。
このバイムレポートについてルイス記事では以下のように解説している。
After the 2008 financial crisis, the New York Fed, now the chief U.S. bank regulator, commissioned a study of itself. This study, which the Fed also intended to keep to itself, set out to understand why the Fed hadn't spotted the insane and destructive behavior inside the big banks, and stopped it before it got out of control. The "discussion draft" of the Fed's internal study, led by a Columbia Business School professor and former banker named David Beim, was sent to the Fed on Aug. 18, 2009.
It's an extraordinary document. There is not space here to do it justice, but the gist is this: The Fed failed to regulate the banks because it did not encourage its employees to ask questions, to speak their minds or to point out problems.
Just the opposite: The Fed encourages its employees to keep their heads down, to obey their managers and to appease the banks. That is, bank regulators failed to do their jobs properly not because they lacked the tools but because they were discouraged from using them.
The report quotes Fed employees saying things like, "until I know what my boss thinks I don't want to tell you," and "no one feels individually accountable for financial crisis mistakes because management is through consensus." Beim was himself surprised that what he thought was going to be an investigation of financial failure was actually a story of cultural failure.
(拙訳)
2008年の金融危機後、今や米国の主たる銀行規制当局となっているNY連銀は、独自の調査に乗り出した。この調査もFRBが秘密にしておく予定のものだった。同調査は、大手銀行内部の狂気の破壊的な行動をなぜFRBが突き止められなかったのか、そして制御不能になる前にどうして止められなかったのか、という点の解明を目的としていた。コロンビア経営大学院教授でかつて銀行家だったデビッド・バイムという人物に率いられたこの内部調査の「討議草案」は、2008年8月18日にFRBに提出された。
これは驚くべき文書である。ここではそれをきちんと評価する紙幅は無いが、要は、FRBが自分たちの職員に、質問したり、率直に意見を述べたり、問題を指摘したり、といったことを促さなかったために銀行の監督に失敗したのだ。
その逆だった。FRBは頭を垂れていることを促した。上司に従い、銀行をなだめることを促した。つまり、銀行の監督官が適切な職務遂行に失敗したのは、ツールを欠いていたためではなく、その使用を阻まれたためなのだ。
レポートは、「上司の考えが分かるまでは話したくありません」や「コンセンサスを基に運営が行われたので、金融危機の過ちについて個人的に責任があると感じている人はいません」といったFRB職員の言葉を引用している。バイム自身、金融の失敗に関する調査になるはずだったものが、文化の失敗に関する話になったことに驚いている。
ちなみに利害の衝突の件については、フォックスのエントリのコメント欄で以下のような指摘をする人がいた(そのコメンターは、あなたはひょっとするとゴールドマン社員か、と別のコメンターに突っ込まれて、いや、現役時にセガーラのような部下で苦労した退職者だ、と答えている)。
Ms. Segarra concluded that Goldman Sachs had no corporate-wide conflict of interest policy. Well, Goldman did; it's just that (1) most Goldman employees either weren't aware of it at all or believed it didn't apply to them, and (2) it failed to cover all of the substantive points such a policy should cover. Those are real problems, and one could say because of them that Goldman functionally lacked a corporate-wide conflict of interest policy. I think that's what Ms. Segarra's manager was trying to get across to her--that she needed to back off a bit on her strongly stated, but incorrect, conclusion and at least acknowledge the existence of the poor and ineffective policy--but she wanted none of that. She instead construed an argument for more complete factual accuracy as an affront to her professionalism. I don't have any sympathy for that kind of intransigence.
(拙訳)
セガーラ女史は、ゴールドマン・サックスが利害の衝突に関する全社的な指針を持っていないと結論付けた。実際のところ、ゴールドマンはそうした指針を持っていた。ただし、(1)ゴールドマンの社員の大部分はそれをまったく知らなかったか、自分たちには関係ないと考えていた、(2)その指針は、その手の指針がカバーすべき実質的なポイントをカバーしていなかった。それは確かに問題であり、それによってゴールドマンは全社的な利害の衝突に関する指針を実務的には欠く状態になっていた、と言うことはできる。セガーラ女史の上司が彼女に分からせようとしていたのはおそらくその点だろう。つまり、強い言葉で書かれた不正確な結論を少し改め、貧弱で無効な指針が存在していたことは取りあえず認めるべき、と言ったのだと思う。しかし彼女はそれを嫌がった。彼女は、事実関係をより完全に正確にするという議論を、自身のプロフェッショナリズムへの挑戦と受け止めたのだ。そうした非妥協的な態度に対して私は共感を抱くことはできない。